Review
 
名作ひとそれぞれ 『浪人丹兵衛絶命』
 

「丹兵衛」扉

 

「丹兵衛」クライマックス1

「丹兵衛」クライマックス2

© 川崎プロ/講談社

 京都の大文字送り火祭りが舞台になっているので、8月の夏休みに合わせての掲載だったと思う。

 『浪人丹兵衛絶命』という川崎のぼるの手による漫画を、僕は父の実家への帰省の往復えりの新幹線の中で読んだ(恐らくは、前・後編2週に渡っての特別 連載だったのだろう)。

 小学生だった僕は、車窓の景色よりも漫画雑誌だった。当時岡山までしか開通 していなかった新幹線だが、その岡山まで確か4時間強を要した(父の実家へは、岡山からまた伯備線という列車に乗り継がなければならなかったが)。その道程は果 てしなく長く、東京駅で買ってもらった《少年マガジン》《少年サンデー》だけが、道中唯一の愉しみだった。


 物語は、体格のいい浪人丹兵衛が三吉という身寄りのない少年と知り合うところで始まる。しかし三吉は労咳を煩っていて、余命幾ばくもないことを丹兵衛は知る。妻と子に先立たれていた丹兵衛は自分の家に三吉を引き取り、看病を続ける。

 ある日三吉は丹兵衛の家から挑める如意ケ岳(大文字の火のつく山)を見て、親子3人で見た「大文字の送り火」の思い出を語り、もう一度見たいと願う。そしてその年の「大文字の送り火」を見ることだけを楽しみに、病と闘うのだった。

 が、その年の「大文字の送り火」は、台風のために中止になることが決定する。それを知った丹兵衛は、武士の魂である刀と鎧兜を売り払い、薪と油と馬を購入し、風雨の中ひとり「大文字の送り火」を決行し、炎の中で絶命する。


 僕の拙い文章では、ありきたりのお涙頂戴の物語にしか感じられないかもしれないが、これが本当に泣ける話だった。それはそれは泣けるのだ。

 新幹線の中で、漫画を読んでひとり嗚咽する小学生も不気味だが、とにかく泣いた。


 この作品と再会したのは、高校生の時だった。偶然、まんが専門店で《川崎のぼる傑作集》という単行本を見つけ、『浪人丹兵衛絶命』が収録されていたときには驚喜した。

 果たしてこの作品は、成長した自分をまた泣かせたのだが、この作品の素晴らしさを誰かに伝えずにいられなかった僕は、この単行本を学校に持ち込み、友人に「泣けるから読んでみろ」と貸したのだった。

 その友人は授業中に、机の下にその漫画を隠し持ち、ひたすら読み耽っていたのだが、なんと授業中であるにもかかわらず、ひとり泣き出したのだ!

 新幹線で泣く小学生も不気味だが、授業中ひとりでぽろぽろ泣いている高校生はもっと不気味だ。


 この噂は広がり、漫画は授業中に回し読みされることになる。

 そして皆教科書に顔を隠し、声を殺して泣いているのだ。


 読んでいる奴を観察するのも面白かった。

 大体泣くポイントは決まっている。そこに差し掛かると皆一様に顔を上に向け、涙がこぼれないようにページをめくり読み進む。が、何を思うか今一度そのポイントのページに戻り、そのシーンが目に入るやいなや、ぽろぽろぽろと涙をこぼすのだ。


 この漫画をぜひ読んでみたいという女子も現れた。だがそこには、意外な展開が待ち受けていた。

 笑っているのだ。

 「やだ〜、何この絵?」
 「この大根のつかみ方、可笑しいぃ〜」
 「ぜ〜んぜん泣けな〜い。バカじゃないの?」


 男と女の間には、深くて長い河があるのだった!

 

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