光陰矢の如し レコード盤の人生
 
   なんて月日の経つのが速いのだろう。

 新しい年が来る度に、誕生日を迎える度に、カレンダーをめくる度につくづく思う。

 中学の3年間、高校の3年間は長かった。小学校の6年間なんて、それこそ気が遠くなるくらいに長かった。1時間目の授業から給食までの4時間分の授業なんて、どれだけたっぷりに感じられたことか!

 それがいまはどうだろう。あっという間に昼が来て、ぼやぼやしているうちに夜になって、え?と思う間もなく朝が来る。子供の頃と同じ速さの時間が流れているとは、到底思えない。


 小学生の頃は、夜9時くらいには床に就いていた。受験生の頃は「4当5落」などと云われていたが、いまの就寝時間は午前2時か3時。仕事で徹夜なんていうことも少なくない。受験生の頃の方がよっぽど寝ていた。

 そうして起きている時間は圧倒的に現在の方が多いわけだが、そんな気はまるでしない。
 あの頃のようにたっぷりした速度で時計の針が回ってくれたら、何も徹夜などしなくても、仕事も間に合うのでは・・・などとつい考えてしまう。


 観ていたテレビまんがは、大概が30分番組だ。30分なんて、いまじゃあ文字通 りあっという間だ。

 けれど、子供の頃テレビを観ていた30分は、とても充実していた。1話15分、2話放送なんていうプログラムも多かった。その15分でひとつの話が完結し、15分で感動を覚えたりしたものだ。『夕焼け番長』なんて、10分番組だ!

 現在テレビをつければ、2時間ドラマなんてざらにある。そして別 にその長さをどうとも思わない。


 この実際には同じ速度の時間の流れが、年齢を重ねるごとに速くなっていくように思える感覚を、僕は人生はレコード盤で出来ているのではないだろうかと考えることがある。

 レコード盤は例えば45回転、33・1/3回転と、一定の速度で回っているが、溝に乗っている針が面 を1周する距離は、針を最初に落とす外周側と、演奏が終わる中心側では当然異なる。同じ1回転でもだんだん速くなっていくのだ。

 つまり45回転や33回転が時間の速度で(一定)、1回転が1年だとすると、溝(人生)を歩いている針(自分)は、だんだん1回転(1年)を速く感じるようになるのではないだろうか。
 人間の一生がレコード盤に刻まれていて、針が飛んだ拍子に過去に戻れたとしたら、どんなにかいいだろうと空想することがある。

 物理学に秀れた人が、この僕のたわごとをきちんと証明してくれたら、自由に過去や未来に針を飛ばし、時間を越えた旅をすることも可能になるのではないだろうか?

 だけど僕はもう未来を楽しみにしている子供ではないので、先に針飛びするのは厭だな。

 

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