Don't Look Back Don't Look Back
BOB DYLAN

 

 何がカッコイイって、オープニングの『Subterranean Homesick Blues』。
 カメラに向かって歌詞を書いたカード(歌詞カードじゃない)をめくり落としていくディランのその様は、曲のHip-Hopなスピード感と相まって、この上なくスリリングで官能的。

 のっけからやられてしまうこのドキュメンタリー映画『Don't Look Back』は、ディランの65年のイギリスに於ける公演を追ったもの。
 本作でのディランは、ちょうど“フォーク・ロック”への変貌を遂げる前あたり。まだアコースティック・ギター1本の弾き語りのスタイル。
 が、この頃のディランの変容は凄まじく、本ドキュメンタリーに挿入されている63年のミシシッピー州・選挙人登録集会での映像と比べてみても、およそ2年前の姿とは思えない激変ぶり。ビートルズもそうだったが、当時のディランは10年分くらいの密度の1年を送っていたのではなかろうか。

 僕は何に弱いって、ディランの若かりし頃のお姿ほど胸苦しく魅き付けられるものはない。全くそのケはないと思っている僕だが、あの頃のディランにだったら“私のすべて”を捧げたいくらい(爆)。
 僕がディランにハマった70年代、既に彼は髭面のおじさんになっていたので、ディランについては老けた風貌の印象の方が強かった。そこへもってきてあの嗄れた声。初期のアルバムを聴いている時でも、僕の脳裏に浮かぶのは“おぢさんボブ”だった。
 が、この『Don't Look Back』でのお肌もつるつるの瑞々しいディラン。
 初めてこの映像を観た時、そのモノクロームのシャープな美しさに目眩を起こした。

 一体、若いディランの何が僕をそうまでさせるのか?(笑)
 月並みな云い方だが、それはやはり当時のディランが身体中から放つカリスマ性のオーラだろう。

 ドノヴァンが登場するシーンがある。楽屋だかホテルの部屋だかで、アメリカとイギリスのフォークのプリンスがご対面… といったところか、ドノヴァンはギターを弾いて自分の歌を披露する。ギターも歌も上手く、曲もとってもいい。
 歌い終わったドノヴァンはディランに「ねえ『It's All Over Now, Baby Blue』を歌ってよ」と気安く頼む。それが単なるリクエストなのか、同じ土俵で勝負してみろよとけしかけているのかは判らないが、ディランは二つ返事でとまではいかなくも、徐に『It's All Over Now, Baby Blue』を歌い出す。
 ドノヴァンの後のディラン。ギターも歌もお世辞にも上手いとは云えないディランにはちと分が悪い。
 …が、ドノヴァンより全然、いや断然いいのだ。『It's All Over Now, Baby Blue』。
 これだ。これがカリスマ性を持ち合わせた男の優美だ。
 気負いのないさらっとしたコード・ストローク。ただそれだけなのに、やけにいい。無性にいい。ドノヴァンだけで終わっていたら、「あ〜、やっぱドノヴァンはいいなぁ〜」だったろうに、ディランに歌わせたがために、その余韻は木っ端微塵に吹き飛んでしまった。

 それにつけても、このドキュメンタリーに登場するディランは傲慢なこんこんちきだ。
 そりゃあ何処へ行っても同じインタビューを受け、勝手な詞の解釈や曲の賛否を浴び、うんざりもしていようが、とにかくいちいちピリピリ苛立ち、このドキュメンタリー全編を通してその緊張感が消えることはない。とりわけ《タイム》の記者をボコボコにやり込めるシーンは、記者にも腹が立つが、ディランもそーとーな意地悪だ。
 きっとこの頃のディランは、自分で自分をどうしようもできなかったのだろう。

 そして全編出ずっぱりのマネージャー、アルバート・グロスマン。
 辣腕でしたたかと云われるこの男、まるでディランを鼻持ちならなく増長させるよう仕向け、けしかけ、偶像とはまた別のディランの輪郭(エゴやプライド)づけを果たしている。

 あれがディランの普段の生活の様だったとしたら、一体ディランはいつ曲を書いていたのだろうと余計な心配をしてしまう。
 四六時中神経をぴりぴりさせ、落ち着かない環境の中でどう紙に向かい、詞を書き連ねたのか。。。

 アルバート・グロスマンともうひとり、ディランに寄り添うように出ずっぱりなのがフォークの女王ジョーン・バエズ。
 バエズは本ツアーに同行していたようだがそれだけじゃない、当時、ディランと関係があったと云われている。が、んな噂を知っていようといまいと、画面を観れば一目瞭然、ジョーン・バエズはドキュメンタリー中ずっとディランに「すきすき」光線を送っている。
 に対しディランは割と素っ気ない。あの雰囲気からするとカメラの回っていない就寝時には、とっても濃厚な二人であっただろうことは容易に察しがつくが(下品なセンサクでごめんなさい)、移動の車中でも楽屋でも「私はボブが好きで好きでたまらないわ」を隠しきれないフォークの女王に比べ、「一度やってしまったら私ゃもうキョーミないよ」なディランの態度。
 まあこの後、二人は別れているんだが。

 んなこんなで、まったくもって興味深いこのドキュメンタリー。
 肝心な音楽は… と云えば、カットされず丸々聴けるものが無いのが非常に残念だが(そうしたコンセプトで編集されてはいないので当然なのかもしれないけど)、『All I Really Want To Do』『Maggie's Farm』『時代は変わる(The Times, They Are A-Changin')』『ハッティ・キャロルの寂しい死(The Lonesome Death of Hattie Carroll)』『くよくよするなよ(Don't Think Twice, It's Allright)』『It's All Right Ma (I'm Only Bleeding)』『Love Minus Zero/No Limit』といった初期の重要なナンバーを歌う初期の姿を観られるのは、何とも貴重で嬉しい。

 正直、初めて『Don't Look Back』のビデオを観た時、人間ボブ・ディランのあまりの傲慢さに、やさしい天使のような心の僕は(笑)、演奏シーン以外は観るに耐えられなかった。
 が、いまは違う。
 若くしてイギリスの名門ロイヤル・アルバータ・ホールの舞台に立ったディラン。この翌年、本作が劇場公開される前に再び同じロイヤル・アルバータ・ホールの舞台に現れるのだが、後のザ・バンドを遵えエレキ・ギターを抱えて登場したディランは、ファンの怒号の中に立たされる。
 『Don't Look Back』よりももっと緊張感を持ってディランは生きていたわけで。

 時代がのんびりしてしまったと云えばそれまでだが(何せ「時代は変わっているんだから♪」だからね(笑))、道を切り拓く風当たりと、才能を持つ人間のみが味わう栄華と虚無感の中で、ディランはあの面構えを手にしたわけで。
 そして、今となってはもうまるで「タイム・カプセル」にすら思えるこの映像ソフトが、いまあるどんな映像ソフトよりも得体の知れない高揚感をもたらせてくれるのも事実で。

 


+--prev---index---next--+

 

Copyright2004 Nyanchoo

DO,DE,DA