LET IT BE LET IT BE
THE BEATLES

 

 数え切れないくらい世に出ているビートルズ出版物の中で、僕が最も好きで、それこそボロボロになるくらい何度も読み返している本は、『ビートルズ/レコーディング・セッション(The COMPLETE BEATLES Recording sessions)』(マーク・ルウィーソン著、内田久美子訳 シンコーミュージック刊)。
 1962年6月6日(水)から1970年4月2日(木)までのビートルズのスタジオワークの模様が、日記のように綴られている。
 勿論、これを読んだからと云って、ビートルズのレコーディングの全てを知り得るわけではない。未知の部分も残る。そりゃそうだ。本人たちに訊いたって憶えてないだろう。僕なんか、ゆうべの晩御飯の献立だって忘れてる。
 ただこの本の良いところは、「私がビートルズに関して一番知っていて、一番理解がある」といったありがちな押しつけがなく、事実を事実として(記録として)淡々と追い書き記されているところ。
 そして記録でしかない文章でありながら、読んでいくうちに4人の息遣いや手触りがまでもが感じられたり、ビートルズのバンドとしての臭いが、ぷんぷんと伝わってくるところ。

 そう、あまりにも大きく、そして伝説にもなりすぎて見失いがちだが、ビートルズはバンドなのだ。

 中学生だった僕は、クラスメイト4人と初めてバンドを組んだ。ギター雑誌に載っていた練習スタジオの電話番号をメモし、メンバー全員で学校の赤電話から予約の電話を入れ、わくわくしながら重たいエレキ・ギターを担いでスタジオに向かった…
 きっといまの子どもたちもあの日の僕らと同じ、「スタジオ」という言葉の響きだけで胸躍らせ、アンプから出る音に一喜一憂し… そんな些細な幸福感を通過してきたバンドなのだ、ビートルズも。喩え方がおかしいかもしれないけど。そこから産み出された結果には、云うまでもない雲泥の差はあるにしても。

 成長しすぎたビートルズは、レコーディング技術、器材の発達も伴い、どんどん難しくなり、メンバー同士のすれ違いも多くなっていた。
 そこでポールが「原点回帰」を訴えたのが『Get Back』セッションだった。映画『Let It Be』にもポールがジョンにライヴの必要性を説く場面がある。しかしその時はもう、その話には誰も乗り気ではなかった。

 …と書くと、ポールだけが熱血漢で、他の3人がぐうたらのように受け取られてしまうかもしれないが、他の3人を冷めさせた原因はポールにある… と云えなくもないので、事情は一筋縄ではいかない。そう、仕切りたがりのポールに、ジョージもリンゴも嫌気がさしていたのだ。
 素晴らしい曲が書けるようになったジョージは、相変わらず自分の曲を採り上げてもらえない不満があった。そこへ持ってきて、ジョンが連れてきた東洋人の女は、ジョンを怠惰にさせた上、レコーディングにまで口を挟む始末。もうビートルズは“結束”という2文字からは程遠いところにいた。

 この時期、ジョンはポールに嫉妬していたんだと思う。
 ジョンもポールも同じロックンロールが好きな少年というところからスタートした。ただ他のロックンロール小僧とこの2人が違っていたのは、圧倒的な才能が備わっていた… ということ。が、それだけじゃなく、そのうちのひとりはモーツァルトにも匹敵するような大天才だった。。。
 この頃のジョンの発言には、ポールを攻撃したり、己を悲劇の主人公に貶めているものが多い。それが被害妄想なのか、本当にポールから嫌な目に遭っていたのかは知る由もないが、ポールへの嫉妬からの発言であることに変わりはない。何時の世でも、勝てば官軍なのだ。
 ポールに敵わないと思ったジョンは、愛と平和に傾いていく。いまだ「愛と平和」の象徴のように祀られるジョンだが、そのきっかけはなんてこたない、ただ拗ねていたのだ(…と僕は思っている)。

 そんな有様がダイレクトに撮影されていて、痛々しくて観ていられない映画『Let It Be』も、何の予備知識も先入観もなしに初めて観た中学1年生の時には、ただひたすらに感動したものだ。ビートルズのバンドとしての風景が見られるのが、何よりも嬉しかった。
 同様にアルバム『Let It Be』だって、フィル・スペクターの過剰なアレンジが楽曲を台無しにしたなんて、微塵も感じていなかった。あるがままに受け入れていた。それこそ「Let It Be」(爆)。

 出来上がった『Let It Be』にポールが怒りを爆発させたのは、ポールが意図したところの「原点回帰(バンドっぽさ?)」が、過剰アレンジで失われてしまったってことになんだろうが、それで楽曲としての価値が下がっているようには感じられない。あのアレンジのアルバムに聴き馴れた耳には。あれはあれで、僕には愛おしく大好きなアルバム。別にオーバー・ダビングしないことがバンドっぽいことだとも思わないし。

 それに映画『Let It Be』を観れば、バンドとしてのビートルズのカッコよさはしびれるくらいに伝わってくる。そりゃあ仲が悪くてピリピリしているところを赤裸々に撮されたら、本人たちは面白くないかもしれないが、あのスタジオでのセッション風景や、ルーフ・トップでのライブは、繰り返し観ても飽きることはない。

 さて、そんな“本来のコンセプト”に立ち返ってリミックスされた『Let It Be...Naked』。
 『Let It Be』からフィル・スペクターの“作為”を取り払って、裸にしよう(Naked)ってことらしいが、『...Naked』にはよりバンドっぽく聴かせる為の“作為(捏造?)”が施されているのはどうよ…? という疑問がなきにしもあらずで。まあ、細かいことは気にせず、バンドっぽさを聴いて楽しめばいいんだろうけど。

 結局、どちらもバーチャルならば、僕は旧『Let It Be』に軍配を挙げちゃうかな。寝ても覚めてもビートルズだった僕がそこにいる。
 『Let It Be...Naked』にかまってる時間があるなら、映画の方をDVD化して欲しいな、早く。

 


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