27歳の記憶 グレン・グールド 27歳の記憶
Glenn Gould

 

 『パルティータ第二番』を弾くグールドを観た。もう何をどこからどう話したらいいかわからない。

 80年代以降のビデオ・クリップ隆盛の時代しか知らない人には想像つかないかもしれないが、昔はロック・スターと云えど、その動く姿を観る機会は本当に少なかった。
 初めて“フィルム・コンサート”なるものに足を運んで、それまでレコード・ジャケットや音楽雑誌でのピンナップしか知らなかったビートルズの4人が動くのを観た時、アタマのてっぺんから爪先まで鳥肌が立った。

 それに近い感動が、このDVD『グレン・グールド 27歳の記憶』('59)にはあった。
 見逃していたこの映画を遅まきながらやっと観ることができて、耳ではずっと馴染んでいた音は、こんな風に弾いていたのか… と、涙さえ落ちた。

 2部構成の前半は、ニューヨークのスタインウェイの店内でピアノを選ぶところから始まる。タッチを確かめながらピアノからピアノへ移り1台を決め、「ここで練習していい?」と店主に訊ねる愛嬌がいい(笑)。

 シムコー湖の湖畔の自宅の古いピアノ(チェンバロのような音を出すチカリング)で、無心に『パルティータ第二番』を練習するグールドの繊細で端正な横顔には、彼が一生カナダに住み続けた原点が窺える。日常生活の世話をしてくれていた隣家の婦人が「練習している時が一番幸せそう」と云っていた言葉通り。

 バッハはきっとこんな風に弾いてもらいたかったに違いない。この『パルティータ第二番』は、バッハが降りてきたような神々しさすら感じる。音楽するイノセントな歓びが横溢したこの音は、クラシック・ピアノを聴かない人をも魅了するだろう。

 紐のぶらさがった部屋着を羽織り、足を組みバッハを弾くグールド。大袈裟に手を上げ、身体を回しながら目を閉じ、数々の録音にも残されている彼の演奏中のハミング(主旋律と対旋律を使い分けて歌っている)の、まさにその歌っている姿が映し出され、それを目にできただけでも感無量の思いがする。公式には発表されることのなかったドビュッシー(のサワリ)なども聴ける。
 撮影のためにさらっと弾いた音にさえ、観ている者の心を逸らせる情感がある。彼のピアノの音は、いついかなる時にもロックのようなスピリットを含んでいる。

 3歳から母の手ほどきでピアノを始めたグレン・グールドは、11歳でトロント王立音楽院に入学、14歳でトロント交響楽団と共演してデビューを飾る天才ぶり。
 22歳になる55年にCBSと専属契約を結び、デビュー作となるバッハの『ゴールドベルグ変奏曲』は常識を破るベストセラーになり、いまだ歴史的名盤と評されている。
 その後世界を股に掛け演奏公演活動を続けたグールドは、64年、32歳ですべてのコンサート活動から身を引き、独自の音楽表現を切り拓いていくことに専念。録音専門のピアニストとして隠遁生活に入る。

 ドキュメンタリーの後半は、ニューヨークのCBS録音スタジオでバッハの『イタリア協奏曲』を録音する姿が追われている。
 まだ演奏公演をしていた頃の映像だが、「コンサートとレコーディングとどちらが好きか?」というインタビュアーの質問に「録音だ」と即答したり、スタジオ・ワークへの熱中ぶりから、やがて演奏公演を一切やめてしまう予兆が感じられる。

 グールドは「夏でもコートとマフラーと手袋を離さずにいた」等、その奇行も有名で、このドキュメンタリーにもその片鱗が見て取れる。
 極端に低いトムソン椅子。足を組んでの演奏。肌身離さないミネラル・ウォーター。身体を揺すりながら演奏し、左手の演奏では右手が見えないオーケストラを指揮する。そして紙一重にも見えるプレイ中の歌声。
 しかしそのひとつひとつをこうして映像で目の当たりにすると、どれも彼の演奏には必要不可欠に思える。

 そう、公演活動をやめ、ニューヨークでなくカナダに隠ったことも、彼の演奏には必要不可欠だったのだ。彼は彼のままを、聴衆に届けたかったに違いない。
 マイペースで少年のよう瞳で嬉々としてピアノに向かうフィルム上のグールドには、「孤独な奇人」のイメージは微塵もない。

 そしてひとつだけ確かなことは、彼のピアノには誰もが心奪われずにはいられないだろうということ。
 60分弱の短い映画だが、いつまでも、いつまでも観ていたいと思った。

 


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