明日に向って走れ 明日に向って走れ

吉田拓郎

 

「こんばんわ、吉田拓郎です。こういう話を放送でやるのは僕としてもどうかと思ったんだけど、この放送では裸の自分をさらけ出していたつもりだったから…
俺たちは離婚することになりました。拓郎のオールナイト・ニッポン、最終回です」
 拓郎は深夜放送の中で、離婚に至る経過を訥々と喋った。週刊誌に書かれる前に、自分の口から説明し、取材は一切受け付けないという姿勢をとった。
 彼はマスコミに不信感や敵対心を持っていた。「他人のトラブルに土足で入ってきて、それで惑わして、あんたら地獄へ行くよ」とまで放送で投じた。
 翌日、学校ではこの話題で持ちきりだった。

 翌週、泉谷しげるがオールナイト・ニッポンの枠を引き継いだ。
 拓郎は放送で話した通り、離婚に関してその後口を開くことはなかった。
 翌76年3月、シングル『明日に向って走れ』と、5月、同アルバムがリリースされた。

 その3月、『時間ですよ!』でお馴染みのTBSプロデューサー・久世光彦が企画した音楽番組『セブンスター・ショー』の最終回に拓郎は出演した。
 この番組、“サンデー・スペシャル”という日曜日の夜90分枠に、当時人気・実力を誇っていた7人のスターを毎週ひとりずつピック・アップするというもので、沢田研二、荒井由実(&かまやつひろし)、森進一、五木ひろし… 等々のビッグ・ネームが並ぶ中、トリに座る拓郎が当時どれだけの勢いを持っていたかが窺える。

 番組中、フォーライフ第一弾の泉谷のシングル『寒い国から来た手紙』を拓郎が歌ったり、拓郎プロデュースの新人・川村ゆうこのコーナーが設けられる等の“フォーライフ絡み”の企画はあっても、自身のニュー・シングル『明日に向って走れ』や、その前にリリースされていた『となりの町のお嬢さん』が演奏されることはなかった。

 シングル『明日に向って走れ』は、オリコン・チャートのトップ・テンには入っていたと記憶するが、大ヒットしたという印象はない。
 中学生だった僕には「流れる雲を追いかけながら話したい本当のこと」も、「いつか失った怒り」も、雰囲気は掴めてもどこか空々しい感じがしていた。「もう君に会うこともないから明日に向って走れ???」
 「明日に向って走れ」というポジティブな言葉とは裏腹な、とてもネガティブな重さをこの歌からは嗅ぎ取っていた。
 「な〜んかタイトルと違って、元気が出ない」

 それよりもアルバム中、ドラマ『あこがれ共同隊』の主題歌で山田パンダがヒットさせていた『風の街』や、『我が良き友よ』の勢いでヒットしたかまやつひろしの『水無し川』のセルフ・カバーの方が新鮮だったし、往年の名曲『どうしてこんなに悲しいんだろう』の新体裁を繰り返し聴いたりしたものだった。

 その10年後、僕は結婚し、よもや離婚するなどとは思いもしなかった。
 僕のこれまでの人生の中で、“離婚”というのは一番ヘビィな出来事だった。
 とにかく疲れた。身も心も文字通りぼろ布のようにボロボロになって、何をする気力も失くなった。食事をすることも、起きることも眠ることも、呼吸をすることさえ億劫になった。ヘトヘトだった。ビートルズの『I`m So Tired』がアタマを巡っていたが、音楽を聴く気力さえなかった。

 解消してくれたのは友人の励ましでも、酒でも、新しい女でもなく、時間だった。
 二人で暮らしたアパートを出て、仕事は離婚以前より順調になった。時代は、バブル景気に向かっていた。

 そして再び音楽を聴く気力が戻ってきた時、身体が拓郎の『明日に向って走れ』を欲した。
二人だけのことだから
苦しみも受けとめよう
大きな人だからこそ
今でも信じていたい
だれかに逢ったら笑って
元気ですよと答えよう
なにも言えない時がある
自分のことと黙りこめ

君の世界にもどるために
僕の世界にもどるために
一つの出来事がそこにあった

(『一つの出来事』)
 これは単なる“別離の歌”ではなく、“離婚の歌”だった。“別離”の経験だけでは見えなかった感慨が、離婚を通してこの詞の裏側にある真実を見せてくれた。

そして
流れる雲を追いかけながら
本当のことを話してみたい
いつか失った怒りを胸に
別れを祝おう

求めあう愛はいつも届かず
残り火だけに体を寄せて
つかれた横顔いつもの歌
さよならだけだと
 飾られ言のように思えていたこの詞が、ボロ布のようなヘビィな状態から這い上がる、ぎりぎりの力を持っていることに気付いた。
もう君に逢うこともない
心はゆれても
だから明日に向って走れ
こぶしを握りしめて
 もともとこれは、自分を鼓舞させる歌ではなかったのだ。
 飛行機が滑走路を颯爽と飛び立つ歌ではなく、墜落し、地面に突き刺さった飛行機を引き抜く歌だった。
 前作『今はまだ人生を語らず』に収録されている『僕の歌はサヨナラだけ』から『一つの出来事』、そして『明日に向って走れ』までの一連の流れが、有り難くない辛い体験を通して、手触りのあるものとして現れた。
季節が僕をはこぶ
一日を抱きしめながら
この肩の重き罪を
明日はとき放て

(『明日に向って走れ』)
 この歌は“叱咤”ではなく“決着”に聴こえる。
 あのオールナイト・ニッポンの拓郎の苦悩の声が甦った。

 しかし、そんな自分勝手な悲しみの芽を摘むだけなら、アルバム『明日に向って走れ』は価値を持たなかったろう。
はぐくむ愛のすべては
せせらぎとなり 唄となる
芽生えた生命と共に
我が家の唄を唄わん
我が家の唄を唄わん

(『我が家』)
 家庭の暖かさを歌った歌は、この歌のほかにない。

 


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