さらば恋人 さらば恋人
作詞:北山修 作曲:筒美京平
堺正章

 

 『さらば恋人』を聴いてるとね、歌謡曲っていいなぁ〜ってつくづく思う。何処へ行ってしまったんだ歌謡曲。帰れ我が胸に歌謡曲。

 ティンパニとタンバリンで荘厳なリズムを刻むイントロ。厚みのあるストリングスが導かれ、スケールの大きなバラードの始まりを予感させる。
 が、一転して何の変哲もない8ビートに変わってさらりと歌が飛び出す。
 このコントラストがね〜、たまらない。
さよならと書いた手紙 テーブルの上に置いたよ
あなたの眠る顔見て 黙って外へ飛び出した
 作詞は元フォークルの北山修。この時期北山修と筒美京平は、『レッツゴー!サザエさん』(現在、次週予告で流れるインスト)も産み出している。
 歌謡界の筒美、フォークの北山、どういう経緯で組まれたコンビかは知らぬが、フォークル(『帰ってきたヨッパライ』)、シューベルツ(『風』)、クライマックス(『花嫁』)、ジローズ(『戦争を知らない子供たち』)、ベッツィ&クリス(『白い色は恋人の色』)、そしてトノバンとのデュオ(『あの素晴らしい愛をもう一度』)と、次々にフォークの名曲を輩出し続けた北山修に白羽の矢を立て、“フォーク調”のヒットを狙ったのかもしれない。後にチューリップに詞(『夏色のおもいで』)を提供した松本隆に白羽の矢を立てたように。
 そう思って聴くと『さらば恋人』は、筒美京平にしては珍しく気の利いたコードをひとつも配さないシンプルなカントリー・フォーク調のメロディだ(B面の『気楽に生きよう』は、完全にフォーク調)。
 それがアマチュアなフォークに感じないのは、仕上げに巧く編み込まれたソウル・フィーリングのせいだろう。

 この『さらば恋人』。アルバート・ハモンドの『カリフォルニアの青い空(It Never Rains In Southern California)』と似ているとよく囁かれ、筒美京平お得意の“パクリ”のネタ元であるように云われているが、実は発表は『さらば恋人』の方が1年早かったりする。
 それじゃあアルバート・ハモンドの方が『さらば恋人』をパクったのか? まあそれも「無い」とは断言できないが(笑)、環境的な確立としてはとても低い。
 そこで考えられるのが、『さらば恋人』と『カリフォルニアの青い空』のネタ元が同じなのではないか? …という推測。
 そしてそんなフシのある曲があったりする。『Tears On My Pillow』で知られるドゥワップ・グループLITTLE ANTHONY & THE IMPERIALSの『GOIN' OUT OF MY HEAD』('65)がそれ。

 そう思うと、『さらば恋人』のコンテンポラリーなソウル・サウンドの味付けに、納得がいったりする。
 しかし、そんなことはどうでもいい。
いつも幸せすぎたのに
気付かない二人だった
 幸福な二人にも、いや、幸福すぎた二人だからこそ、訣別れが訪れる…
 この詞では「悪いのは僕の方さ、君じゃない」と続き、男が勝手に黙って女の許を去るシチュエーションになっている。これはジュリーの「壁際に寝返りうって背中で聞いている、やっぱりお前は出て行くんだな」と男女が逆。「寝顔にキスでもしてあげたいけど、そしたら一日旅立ちが延びるだろう」とは同じ設定。とにかく、愛する人を残し旅立ちたがる人は少なくない(笑)。
 しかし、去るのが男の方だろうと女の方だろうと、「いつも幸せすぎたのに気付かない二人」が訣別れなければならない… そんな理不尽な出来事がいつの時代もあるもので、それが口ではうまく説明できないような理由であればあるほど、その悲しみは大きく深く…。

 そしてさりげなくやり過ごした1番と2番の間奏とは対照的に、2番が終わってサビの繰り返しに繋げる間奏は、胸をしめつける想いでいっぱいだ。
 これが丁寧に練られたアレンジ、京平ソングの醍醐味だ。

 スパイダース解散後ソロになった堺正章は、『さらば恋人』『幸福の招待状』『涙から明日へ』『街の灯り』といった、なんとまあ曲に恵まれたというか(爆)、次々にヒットを放っている。
 そのどの歌もふと口をついたりする。

 そして「悪いのは僕の方さ、君じゃない♪」などと呟きながら罪の意識に苛まれたりして、でも女の方は僕のことなんかとっくに忘れていたりする(結局どんなにカッコつけたって、いつまでも女々しく引きずってるのは男じゃん)。

 


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