セーラー服と機関銃 セーラー服と機関銃
作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお

薬師丸ひろ子

 

 「やめてけれ! お父ちゃんを殺さねぇでけれ!」

 スクリーンからこの声が飛び出した瞬間、ただそれだけで僕はぽろぽろと涙をこぼしてしまった。

 創刊号から購読していた角川の《バラエティ》誌で、薬師丸博子を知った。映画『野性の証明』のオーディションの話題だった。
 以来僕は、憑かれたように薬師丸ひろ子の熱狂的なファンになった。

 薬師丸ひろ子について書かれている記事は、どんな小さなものでもスクラップした。部屋の壁には彼女のピンナップがベタベタと貼られた。デビュー前、宣伝を兼ねて起用されたとある体育関係のポスターも盗んだ。

 そして待ちに待った『野性の証明』の公開日、動く薬師丸ひろ子が大スクリーンに映し出されたというだけで、胸がいっぱいになり、目頭が熱くなった。
 ありがとう、ぬくもりを。ありがとう、愛を。

 さてその後、薬師丸ひろ子の人気はかなりなものになっていったと思う、贔屓目でなく。「国民的アイドル」と呼んでも差し支えあるまい。
 僕は写真集は全て購入したし、ノートからペンケースに至る文具は皆彼女のグッズで揃え、サイン会へも出掛けた。
 久米宏がパーソナリティをしていた『おしゃれ』という昼の番組に出演すると知った時は、学校も休んだ(笑)。テレビからカセットに録音もした(爆)。
 とにかく、僕の高校生活は薬師丸ひろ子を中心に回っていた。

 81年、薬師丸ひろ子は『セーラー服と機関銃』という映画に主演した。彼女の人気を決定づけた作品と云ってもいい。僕はもう高校生ではなく、一浪の末、晴れて大学生になっていた。
 そして薬師丸ひろ子は、その主題歌『セーラー服と機関銃』を歌い、歌手としてもデビューすることに。

 実はこの映画の主題歌、ちょっとした裏話がある(ご存知の方はご存知かと思いますが)。

 来生えつこ・たかお姉弟の手によるこの歌、作曲者である来生たかお本人も『夢の途中』とタイトルを替え、リリースしていることはご承知の通り。薬師丸ひろ子の『セーラー服と機関銃』のヒットを追うように発売されたような印象だったが、もともと映画の主題歌も『夢の途中』というタイトルで、来生たかおが歌うことになっていた。

 81年当時、デビューして5年目の来生たかおは、まだヒットに恵まれていなかった。そこに舞い込んだ映画の主題歌の話。主演は人気絶頂の薬師丸ひろ子。これで道はひらけるかもしれない。
 その実力が先に認められていた姉は、弟の成功を願い、彼のデビュー曲『浅い夢』の“夢”を踏んで『夢の途中』を書く。

 しかしレコーディング・スタジオで来生たかおは、歌手の変更を伝えられる。
 「歌は、主演の薬師丸ひろ子が歌う」

 弟が歌えなくなった上に、歌詞まで勝手に替えられて(『セーラー服と機関銃』と『夢の途中』では、肝心の「夢の途中」と歌われる箇所が差し替えられている)、来生えつこはかなりムカついたらしい。

 薬師丸ひろ子のシングル『セーラー服と機関銃』は、87万枚の大ヒット。
 来生たかおの『夢の途中』もヒットし、まあ結果オーライといったところか。

 勿論、僕もこのシングルを心待ちにして購入した。
 薬師丸ひろ子のレコードは実はこれが最初ではなかった。歌は歌っていないものの、企画盤で薬師丸ひろ子のお喋りを収録したマヌケなLPがそれ以前に発売され、それも僕はしっかり買っていた(プラスティック・オノ・バンドの『ライヴ・ピース・イン・トロント』のB面に匹敵するくらい、針を落とした回数は少ないが(笑))。

 が、待ちに待ったこのシングル、正直かなりがっかりした。
 「この抑揚のない旋律はナンジャラホイ?」

 そう感じたのは僕だけではなかったようで、当時いっしょにバンドをやっていた仲間は、僕の落胆に輪を掛けるようにこの歌を酷評した。「素人のメロディだな」。

 87万枚の大ヒットも、楽曲の良さではなく、ひとえに薬師丸ひろ子の人気に後押しされてのことと勝手に分析し(映画も少しも良くなかった)、その人気の程にあらためて感心していた僕だったが…

 その後、薬師丸ひろ子の好き嫌いに関係なく、この『セーラー服と機関銃』という歌が心底好きだと云う人に何人も出会った。カラオケではこの歌を十八番にしているとも云う。確かに音域も狭く抑揚の乏しいこのメロディは、素人のカラオケには絶好かもしれない。

 が、もっと驚いたことに、薬師丸ひろ子本人もこの歌をえらく気に入っていたと云うのだ。
 後に薬師丸ひろ子は、やはり映画絡みで大滝詠一作曲の『探偵物語』『少しだけやさしく』を歌うのだが、本人はこの2曲が嫌で嫌で仕方なかったらしい。

 僕の感覚からすれば、楽曲的にもサウンド的にも『探偵物語』『少しだけやさしく』の方が『セーラー服と機関銃』よりもずっと優れていると思うし、彼女のあの独特の声質にもフィットしていると思う。しかし彼女は嫌いだった…。

 ここで思い当たるのが、デビューのきっかけにもなった角川でのオーディション。彼女は歌唱の審査で、岩崎宏美の『思秋期』を歌っている。宴会での十八番は『津軽海峡冬景色』。
 つまり彼女はポップな洋風の旋律や和声より、多くの日本人が好む短調(マイナー・ノート)の楽曲が好みなのだ。

 音楽を囓っている人間には、メロディーの広がりがある長調(メジャー・ノート)の曲を好む傾向があると聞く。多くのプロの作曲家が短調の曲を書く場合、日本の土壌に合わせた“ヒット狙い”とも云われる。ハイ・センスな匂いもさせやすい。
 逆に云えば、こうした短調の曲を巧く書けてこそのプロの作曲家であり、ヒット・メーカーであるのだ。

 短調の曲でも好きなものは勿論多い。が、いままでこのコラムに採り上げてきた楽曲を眺めると、圧倒的に長調が多いことに気付いた。これはまったく僕の好みでしかない。
 また、学校の音楽の時間に習う「長調=明るく楽しい曲」「短調=暗く哀しい曲」という教え方には一言も二言もあるのだが、それはまた別の機会に譲るとして。

 あれから20年、TBSドラマ『ママの遺伝子』を観ながら、薬師丸ひろ子もホクロがなくなった以外変わらないよな〜 などと思っても、あの日のような恋焦がれる想いはもう湧いてこない。
 そして相変わらず『セーラー服と機関銃』を良い歌だとは少しも感じない。

 


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