Clementi CLEMENTI Sonata pour pianoforte

Muzio Clementi

 

 クラシック音楽を聴かない人が、「クラシック音楽」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、ベートーベンの「ジャジャジャジャ〜ン♪」じゃないだろうか、9割方(笑)。

 この有名なベートーベンの『交響曲第5番』、世間で呼ばれるところの『運命』の「ジャジャジャジャ〜ン♪」だが、モチーフのそっくりな曲がベートーベン以前にある。クレメンティの『ト短調ソナタ op.34-2』がそれである。

 もっともベートーベンが「ソソソミ〜♪」と同音反復から3度下がるのに対し、クレメンティのは「レレレソ〜♪」と5度下がっている。
 しかしベートーベンの『運命』の深刻な重たさを、クレメンティのソナタは全体に漂わせていて、ベートーベンがこのクレメンティの曲からかの『運命』の発想を得たと云っても、あながち間違ってはいないんじゃないかと。

 ムツィオ・クレメンティ(Muzio Clementi)は、1752年ローマの銀細工師の息子として生まれ、14歳でイギリスに渡る。ピアニストとしてだけでなく、作曲家、ピアノ製造業者、ピアノ教師などのプロフィールを持ち、誰もがイギリス人と疑わない程イギリスにとけ込み、イギリスで没している。

 生涯に作曲家としては、交響曲を20曲、ソナタを100曲(うちピアノ・ソナタは64曲)、その他にも多くの作品を残しているが、最も有名なものは、後にドビュッシーの『子供の領分』の中でパロディーとして用いられた100の練習曲からなる『グラドゥス・アド・パルナッスム』か。
 彼にはピアノを大いに普及させ、彼自身の会社の楽器をたくさん売るというひとつの野望があった。できるだけ沢山の人にピアノを弾いて貰うために、初心者にも簡単に弾ける作品を書き、彼自身の作品を彼自身の出版社で出版していたという逞しさがあった。
 ショパンの練習曲が登場するまでは、彼の曲は最もポピュラーな練習曲だった。

 クレメンティの最大のライバルはモーツァルトだった。
 1972年12月24日ウィーンの宮廷で、クレメンティとモーツァルトのピアノの腕比べが執り行われた。二人の出会いはこの1度だけだったが、この競演はとても不幸なものだった。

 まずクレメンティが即興の前奏曲、自作の『ピアノ・ソナタ Op.47-2』、3度やその他の重音の連発する『トッカータ』を演奏。
 続いてモーツァルトがやはり即興で前奏曲を、続いてその前奏曲を下敷きに、変奏を重ねた。
 そして今度は指定されたパイジェルロの『ピアノ・ソナタ』の第1楽章をモーツァルトが、第2、3楽章をクレメンティがそれぞれ初見で演奏した。
 次にそれらの中から主題を1つ選び、2台ピアノで展開するように指示がおりた。二人は期待に応え、ありとあらゆる旋律の断片が互いに入り組むうちに、2台ピアノの大音響となってこの勝負の幕は閉じる。

 この競演後の二人の態度は対照的だった。
 クレメンティはとても機嫌が良く、「私はこれまで、あんなに魂のこもった優美な演奏を聴いたことがない」とモーツァルトに賛辞を贈り、一方、こんな時誰が相手でも見下すことしかしなかった自信家のモーツァルトは、完全に余裕を失くしていたという。そして父宛に「クレメンティは、素晴らしいチェンバロ弾きですが、単なるいかさま師で、趣味や感情のひとかけらも持っていない、単なる機械的演奏家です」と手紙を書いた。

 このムキになっているとも思えるモーツァルトの感情は、後に作曲される『歌劇・魔笛』の中にその影響を見せる。
 『魔笛』の序曲の主題が、あの日クレメンティが弾いた『ピアノ・ソナタ Op.47-2』の冒頭の主題に酷似しているのだ。モーツァルトは明らかにクレメンティのテーマを模倣している。

 クレメンティとの競演は、モーツァルトのプライドを傷つけた。モーツァルトがクレメンティを嫌った理由は2つある。
 ひとつはクレメンティの演奏が華やかで、あたかも自分よりピアノのテクニックがあるのではないかと思えること。
 そしてもうひとつは、ロマン派のショウマンシップに溢れたクレメンティの演奏スタイルが、モーツァルトには耐えられなかったのである。

 しかし、モーツァルトはクレメンティのことが頭から離れなかったのである(クレメンティを嘲り、皮肉のつもりでパクった… という説もあるが)。

 モーツァルトが嫌ったロマン派の派手なテクニックは、ベートーヴェン、ツェルニー、リストらに受け継がれている。
 けれど、モーツァルトやベートーベンに比べ、クレメンティの知名度が低かったり、二流的に扱われていることも哀しいかな事実。

 だがブランドを隠して聴いてみれば、さすがプライオリティを持っている作曲家のコンポーズだと気付く。練習曲だけの作曲家ではない。
 ホロヴィッツの名演で知られる『ピアノ・ソナタヘ短調 Op.13-6』にも、ベートーベンが心酔してたであろう匂いが嗅ぎ取れる。『op.7-3』『op.8-1』『op.25-2』も、格調高い本格的なソナタだ。

 彼の会社があんなに繁盛していなければ、もっと評価が違っていたのかもしれない。

 


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