TEARS OF a CLOWN 君はそのうち死ぬ だろう
忌野清志郎:作詞・作曲

RCサクセション

 

 「ある日(バンドを)作成しよう」
 定説となっている「RCサクセション」のバンド名の由来は、嘘だったりする(笑)。

 中学2年の時に転校してきたギターの上手い左利きのケンちゃん(破廉ケンチ)と、幼稚園の時からのつきあいになるリンコさん(小林和生)と、清志郎で組んだバンドが「CLOVER」。PPMやキングストン・トリオをレパートリーにしていたらしい。
 次に結成したのが清志郎とリンコさんと、二年先輩の武田清一(後の“ひぐらし”)のトリオで、「THE REMAINDERS OF THE CLOVER」。云うなれば“続・CLOVER”。
 そしてまたまたケンちゃんを入れた最初の3人に戻って“続・々・CLOVER”であるところの「THE REMAINDERS OF THE CLOVER SUCCESSION」と命名。これが「RCサクセション」となる。

 テレビ番組《ヤング720》のオーディションに合格し、テレビ出演を果たしたRCサクセションは、一躍学校(都立日野高校)の人気者に。取り巻きも増える。そんな取り巻きの中に、三浦友和もいた。
 プロ・デビュー後、『ぼくの好きな先生』の一発屋的ヒットはあったものの、低迷していたRCサクセションにくっついていた三浦友和(当時、福生で破廉ケンチと同居)はヒマを持てあましていた。ヒマを持てあましている三浦に所属事務所(ホリプロ)のマネージャーが、「三浦クン、ヒマだったら、いい顔してるんだから役者でもやってみたら?」と声を掛けたことをきっかけに、RCと反比例するように三浦友和は役者として売れていく(おまけに同じ事務所の山口百恵まで仕留める)。
 そんな中、ひとりだけ取り残された男がいた。

 日隅クンはやはり清志郎の中学〜高校の同級生。いつも自転車を二人乗りして学校へ通 っていた。
 が、清志郎に彼女ができると、二人乗りの相手は日隅クンではなくなる。セカンド・アルバム『楽しい夕に』に、「日隈くんは今日から一人で自転車に乗るのさ。いつもはぼくが後ろに乗っていたのに。今日からはぼくはあの娘の後ろに乗るのさ♪」と歌う『日隅くんの自転車の後ろに乗りなよ』という歌が収録されている。続けて「ぼくの自転車の後ろに乗りなよ、二人乗りで遊びに行こうよ♪」と歌う『ぼくの自転車のうしろに乗りなよ』がアルバムのラストを飾る。

 日隅クンはRCでボンゴを叩いたり、ボーヤのように楽器を運んだり、運転手をしたり、卓(ミキサー)の勉強をしたり、なんとかRCのまわりにいたいと努力する。サックスの練習もするがモノにならず、作詞も手掛けるが清志郎からは相手にされず。
 皆で一緒に住んでいた福生を出て、国立に戻り、仲間がバラバラになった頃、日隅クンはおかしくなり始める。ナイーブな男だった。

 自分の道が見つけられなかった男は、自閉していく。煮詰まり、鬱の状態に墜ちる。
 清志郎はそんな彼を励まそうと、『君はそのうち死ぬだろう』という歌を作り、彼に聴かせる。清志郎得意のジョークなのだろうが、「バカ云うなよ」と日隅クンは取り合わなかった。

 その夏、日隅クンは自ら命を絶つ。。。

 86年、日比谷野音での2週連続4日間のライブの集大成アルバム『the TEARS OF a CLOWN』をリリース。
 その収録で初めて『君はそのうち死ぬだろう』を聴いた。歌詞カードには、詞が載っていなかった。
 圧巻だった。

 


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