シングル・マン シングル・マン

RCサクセション

 

 美しく、そして痛いくらいに悲しいアルバム。

 70年のデビュー後、RCサクセションはいきなり低迷していた。
 『ぼくの好きな先生』('72)のちょっとしたヒットはあったものの、汚いナリや下品なMC、そして甘いところのない歌は女の子ウケせず、数少ないファンも次第に離れていった。太田和彦氏の言葉を借りれば「心をしめつける悲哀感、肺腑をえぐる清志郎の歌声は、集団でキャーと聴きに行くには全くふさわしくなく、曲が良くなればなるほど客は減っていった ※1」。
 そこへもってきて、事務所では陽水独立騒動に巻き込まれて飼い殺し… 所謂ホされている状態に。。。
 そうしてRCは、とことん駄目になっていた。

 そんな74年、RCは発売されるアテのないニュー・アルバムのレコーディングに入る。仕事が無かったので、曲を作るか、レコーディングをするかしかなかったのだという。
 アレンジャーは星勝。ホリプロでモップス、RC、陽水をひとまとめに見ていたマネージメントの関係で、星勝とは交流があった。星勝は当時、陽水のアルバム『断絶』のアレンジをしたことで、評価が上がっていた。
 バッキングは、ホーン・セクションに、たまたま来日していたタワー・オブ・パワー。クレジットはされていないが、歌詞カードにある「このレコードは世界的なスタジオ・ミュージシャンを豊富に使用しております。安心してご利用下さい」は、ダテじゃなかった(笑)。
 他に、キーボードにミッキー吉野と、後にRCに加入するG2(柴田義也)、ドラムスに西哲也、チト河内が参加。

 “シングル・マン”という響きからは、レノンの“Nowhere Man”を連想してしまう。
 誰からもわかってもらえないことの孤独感。誰かと居るからひとりぼっちじゃないんじゃない。ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』のような居場所のない淋しさが、“シングル・マン”という言葉には漂っている。

 「贈り物をくれないか? ぼくに贈り物をくれないか? もっとたくさん、素敵なものを。彼女にプレゼントするんだから」 〜『ファンからの贈り物

 「誰もやさしくなんかない。思い違いひとりよがりの。ずるい人だ君は。ずるい、ずるい、責任逃れ、君の荷物さ。それはぼくのじゃない。ぼくに背負わせないで。誰もやさしくなんかない。君と同じさイヤらしいのさ。だからせめて汚い真似はやめようじゃないか」 〜『やさしさ

 「バイバイ、君といたってしょうがない。お別れにキスでもしようか。勘違いにまたがってそんなに気持ちいいのかい? ぼくは下りるよお先に。もっともっと君のために何かすることがあるかしら? ぼくはぼくの為に。ぼくはぼくの為だけに。バイバイ」 〜『ぼくはぼくの為に

 「冷たくした訳は君がまぶしいから、君を好きになりそうだったからなんだ。君を傷つけたけれども、ぼくは乱暴者じゃないよ。やさしくだってできるさ」 〜『冷たくした訳は

 「ぼく、まっぴらだ。もうまっぴらだ。これからは来ないでくれ。ぼくもうまっぴらだよ。うそばっかり」 〜『甲州街道はもう秋なのさ

 えぐるように他人を傷つける清志郎の詞からは、つらい孤独感が滲み出ている。誰かを傷つけずにはいられない苛立ち。それはやるせなさ、コンプレックスの裏返しでもある。

 かと思えば、
 「窓に君の影がゆれるのが見えたから、ぼくは口笛にいつもの歌を吹く。きれいな月だよ。出ておいでよ。今夜も二人で歩かないか」 〜『夜の散歩をしないかね
 幸福でロマンティックなジャズ・バラードが、別の一面を見せる。なんて素敵な歌だろう。

 そして救いようのない気持ちでいっぱいの『ヒッピーに捧ぐ』。
お別れは突然やって来て
すぐにすんでしまった
いつものような何気ない朝は
知らん顔してぼくを起こした
 歌入れの時、スタジオじゅうがヒッピーに対する思いでいっぱいになり、感動でシーンとなったという。
 確かにこの歌における清志郎のボーカルは尋常じゃない。地面から悲しみが突き上がってくる。

 「君は空を飛んで、陽気な場所を見つけて、そこで結婚すればいい」 〜『うわの空
 当時のライブではよく歌われていた歌だが、僕はこの歌がとても好きだ。ここにも、誰かと一緒にいるからなおさら感じる孤独感がある。3コーラス目の転調しながらのボーカルに、鳥肌が立つ。

 ラストはシングル・カットされた『スローバラード』。
昨日は車の中で寝た
あの娘と手をつないで
市営グランドの駐車場
二人で毛布にくるまって

カーラジオからスローバラード
夜露が窓をつつんで
悪い予感のかけらもないさ
 やさしく、美しく、そして胸が苦しくなるようなバラード。
 15歳の冬。ラジオから流れるこの歌を聴いて、わけもなく涙がこぼれた。
カーラジオからスローバラード
夜露が窓をつつんで
悪い予感のかけらもないさ

ぼくら夢を見たのさ
とってもよく似た夢を
スローバラード それがどんな夢だったのか、説明していないところが、当時流行っていたフォークとは違っていた。
 そして、「ぼくら」と「夢を」の間にかすかに入るため息が、どうしようもなく切なかった。
 『ぼくの好きな先生』の人が歌っているとは、後になって知った。

 レコーディングは済んだものの、事務所との契約で、この傑作は発売されなかった。
 そして1年後、ようやく陽の目を見たレコードは全く売れず、すぐに廃盤となる。

 フォーク・トリオの構成にドラムが加入し、楽器もエレキに持ち替え、RCは徐々にロックバンド化していくが、ギターの破廉ケンチはエレキ・ギターをうまく使いこなせず、鬱状態に。
 ますますドツボにはまっていくRCは、シングル『わかってもらえるさ』('76)をリリース。
こんな歌 歌いたいと思っていたのさ
素敵なメロディー
あの娘に聞いて欲しくて
ただそれだけで歌うぼくさ
この歌の良さがいつかきっと君にも
わかってもらえるさ
いつかそんな日になる
ぼくら何も間違ってない
もうすぐなんだ
わかってもらえるさ が、世間からはまったくわかってもらえず。
 RCサクセションは、相変わらずの低迷を見せていた。。。

 後日談だが、『シングル・マン』は吉見祐子さんを筆頭とする“廃盤復刻運動”の努力が実り、79年に限定再発、そして80年に正式に再発される。
 再発されたレコードには、「こんな素晴らしいレコードを廃盤にして、申し訳ありませんでした」というレコード会社の反省文が印刷されていた。


※1:《遊びじゃないんだ》マガジンハウス刊

 


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