風の街 風の街
作詞:喜多条忠 作曲:吉田拓郎

山田パンダ

 

それはずつとずつとさきの事だ。
太陽が少しは冷たくなる頃の事だ。
その時さういふ此の世がある為には、
ゼロから数字を生んでやらうと誰かが言ふのだ。
(『天文学の話』 〜高村光太郎)
 時が経ってしまうことを忘れてしまいたかったわけでも、恋人の顔なんて思い出したくなかったわけでもないが、僕は原宿ペニーレーンへと向かった。第一、僕には恋人なんていなかった(泣)。

 「ペニーレーンという店は原宿にある」
 それだけの情報ではペニーレーンは見つからなかった。原宿表参道を左右、何往復したことか。目を皿のようにし、通 り沿いの店一軒一軒をしらみつぶしに当たっても、「ペニーレーン」なる店は見つからなかった。

 現実にある店なんだろうか?

 そんな疑惑さえ浮かんだ程だ。
 僕は電話ボックスに駆け込み、電話帳を繰った…。
 「あ、、、あった」確かにペニーレーンの名前は載っていた。そして今度は番地を頼りに探そうとボックスを出たところ、「PENNY LANE」と書かれた案内ポールが目についた。その下には「Limelight」の案内板も。。。
 そんな路地を入って行くとは、中学生だった僕には思いもつかなかった。

PENY LANE ペニーレーンのドアを開けると、ビートルズの『ロックンロール・ミュージック』が流れていた。煉瓦色の店内。まさにドラマ『あこがれ共同体』で観たままの作りだったが、カウンター内には常田富士男も山田パンダもいなかった(笑)

 TBSで放映していた『あこがれ共同体』は、郷ひろみ、桜田淳子、西城秀樹といった、当時大人気だったアイドルを主役に据えたドラマで、第1話のゲストが山口百恵。
 東京・原宿を舞台に、若者の生き方を描いていた…くらいは憶えているが、細かいストーリーは忘れてしまった。
 そして劇中、実在のレストラン(パブ?)「ペニーレーン」が登場し(ロケではなくセット)、そのマスターを常田富士男と、かぐや姫を解散したばかりの山田パンダが、似た者親子という設定で演じていた。

 このペニーレーンという店、実はユイ音楽工房絡みのレストランで、よしだたくろうが歌った『ペニーレーンでバーボン』で一躍有名になり、当時の修学旅行生の観光スポットにもなっていた。
 そして、ユイ関係のミュージシャンが夜な夜な集う店としても知られていた。

 そんな流れで、当時「テレビには出ません!」と云っていたアーティストが、ドラマ『あこがれ共同体』には続々と“ペニーレーンの客”として出演していた。
 拓郎が出演した回など、僕は画面から写真を撮ったほど(当時は家庭用ビデオ・デッキなんて無かったからね〜(笑))。

 ペニーレーンで僕はココアを注文んだ。
 チョコレートをとろとろに練ったみたいな温かいココアに、生クリームが品よくのせられていて、それだけで僕は「と、都会は違うっっ!」と感激したものだ(爆)。まるっきりのおのぼりさん(笑)
 BGMはずっとビートルズだった。家でも数枚のビートルズのアルバムを聴いていたが、ペニーレーンで聴くビートルズは、全然違う音に感じた。まるっきりのおのぼりさん(笑)
 日中ということもあってか、有名人は来ていなかったが、店内で写真も撮った。トイレも撮った。帰りに、イラスト入りの紙コースターをガメるのも忘れなかった。マッチも貰った。まるっきりおのぼりさん(笑)

 原宿表参道は、憧れどおりの通りだった。どこもかしこもお洒落で、芸術家の匂いがした。
 『あこがれ共同体』の主題歌、『風の街』そのままの街だった。

 が、それから暫くして、竹の子族の登場が、原宿の街を一変させた。
 原宿は、みるみる“子供の街”になっていった。。。
僕が知っている風景はいまはもう
原宿あたりにも 心の中にもない
だから だからペニーレーンへは
もう行かないよ
(『ペニーレーンへは行かない』 〜吉田拓郎)
 冒頭の『天文学の話』(ドラマのオープニングで郷ひろみがナレーションしていた詩)には、続きがある。
さうか、天文学の、それは話か。
仲秋の月ださうだ、空いちめんをあんなに照らす。
おれの眼にはアトムが見える。
 『風の街』のバッキング・ボーカルをシュガー・ベイブが務めていたことを最近知った。確かに歌のハモと、間奏のコーラスに山下達郎や大貫妙子の声を聴き取ることができる。
 中学生だった当時は、リコーダーのイントロと軽快なメロディ、それに歌中のブレイクで使われているハンマリング・オンが好きだった。
 山田パンダのとぼけた声も良かった。

 


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