ever since ever since
作詞:SAYAKA 作曲:奥田俊作

SAYAKA

 

 僕が物心ついた頃のメディアに乗っている音楽と云えばそれは“歌謡曲”で、勿論クラシックやジャズをやっている人たちもいたんだろうけど、小さな子供の耳に自然に届くものではなく、コンボ・スタイルの“グループ・サウンズ”なるものも含め、テレビやラジオから聴こえる音楽はみな“歌謡曲”だった。

 でも“歌謡曲”って一括りの中にも、いろんな人がいた。
 美空ひばりもいれば坂本九もいる。三橋三智也にザ・ピーナッツに橋幸夫に平尾昌晃に北島三郎に三波春男にクレイジー・キャッツに小林旭に園まりに森進一にピンキーとキラーズに都はるみにザ・タイガースにバーブ佐竹に中尾ミエにマイク真木に青江美奈に田端義男に黛ジュンに山本リンダに… キリがないくらいみんな個性的で、バラエティ。金子みすずじゃないけれど、「みんなちがって、みんないい」(笑)。

 そこにフォークやロックをやっている若い勢いが台頭(と云うほどでもなかったかな、最初は)してきて。それが僕にはとても新鮮で、歌謡曲小僧だった僕も、すぐにそっちに乗り替えた。

 その頃は、“こっち側”“あっち側”っていう垣根があった。フォークやロックが“こっち側”で、歌謡曲が“あっち側”。
 “こっち側”には岡林やはっぴいえんどやフォーライフの4人やキャロルなんかがいて、“あっち側”には筒美京平や戸倉俊一や阿久悠なんかがいた。
 拓郎が森進一に『襟裳岬』を書いて、“こっち側”と“あっち側”が手を繋ぐことがあっても、ユーミンが出てきて“こっち側”が“ニュー・ミュージック”なんて称されるようになっても、まだ“こっち側”“あっち側”感覚はあった。

 郷ひろみ独立以降ぱっとしなくなったジャニーズ事務所も、たのきんの人気で息を吹き返して。その勢いは現在もとどまるところを知らないが、光GENJIがあまりにもの人気で、ベスト・テンを独占するようになってから“歌謡界”はコドモのためのものになってしまった。
 オトナにとってあまりにもつまらなくなってしまった歌謡番組は、『ザ・ベストテン』『夜のヒットスタジオ』と、次々に幕を下ろしてしまう。“歌謡曲”の衰退と共に、ザ・歌謡曲とも云えるナベ・プロの勢力も衰えてしまう。。。

 光GENJIが歌謡番組の息の根を止めてしまったことで、後輩のSMAPには歌を披露する場がなくなってしまった。そこで仕方なくSMAPは、ドラマやバラエティにバラ売りされることになる。
 が、それが功を奏し、SMAPの6人(いまは5人)はSMAPというひとまとめではなく、個々のキャラクターで認知されるようになり、不動の人気を獲得する。

 そうこうしているところ、『おどるポンポコリン』で大成功を納めたビーイングが、B'z、ZARD、T-BOLAN等を引っ提げ、ベンチャーとしては異例の躍進を遂げる。
 ベンチャーのレコード会社としては、フォーライフという先駆けもあったが、フォーライフは歌謡界の仕組みには勝てなかった(時代もあるが)。
 しかしビーイングの台頭は、日本の音楽界を“こっち側”のみに塗り替え始めた。
 ビーイングは、柳の下の二匹目のどじょうを捕まえるのが上手かった。BOOWYが流行っていればクリソツなT-BOLANをデビューさせ、宇多田が流行れば倉木を出す。それは長戸大幸が歌謡曲の作曲をしている頃からの方法論だったとも云える。

 そこにレンタル・レコード店のバイトからトントン拍子にのし上がったavexが登場。
 avexは広告料の安い深夜にガンガンTV・CMを流し、深夜族の若者の心をとらえ、クラブとのタイアップで流行を築いた。
 誰かが切り拓いた道で商売をするビーイングと違い、avexはダンス・ミュージックというかつて日本には定着していなかったジャンルを確立させた。

 ビーイングにしろavexにしろ云えることは、作戦勝ちしたということ。
 勿論音楽の質も良かったが、それ以上に戦略が見事的中した。

 そしていま、もう“あっち側”は完全になくなってしまった。

 必要以上に「個性が大切」と云われる昨今、ラジオをひねっても、テレビをつけても、同じような音楽ばかりが流れ、それでいてやっている本人たちはそれを突出した“個性”だと勘違いしている。茶髪が個性だと云いながら、猫も杓子も髪を茶色くしてしまったのと同じだ。
 現況の音楽界にどれだけ個性が欠如しているか、冒頭に述べた“歌謡曲”の人たちと比べれば一目瞭然。

 が、本当に“あっち側”はなくなってしまったのだろうか?

 それは違う。と僕は捉える。
 浜崎あゆみは自分をアーティストだと位置づけるが、ひと昔前の松田聖子とスタンスは一緒だ。プロデューサーがいて、所属事務所があって、その方針で売り出される。それは“歌謡曲”の方法論と少しも変わらない。
 浜崎あゆみの金属的な声がキライで、さしたる興味のない僕から見れば、彼女はハデになった相原勇にしか見えない(笑)。

 人気のCHEMISTRYも、元々一緒に活動をしていた二人ではないと云う。プロデューサーのお仕着せで、見ず知らずの二人が組んだユニット。それはキャンディーズと同じ。

 別に浜崎あゆみやCHEMISTRYの音楽性を云々しているのではない。
 僕が云いたいのは、宇多田ヒカルや椎名林檎は“こっち側”だけど、浜崎あゆみやモーニング娘。は“あっち側”、スピッツや山崎まさよしは“こっち側”で、CHEMISTRYやSMAPは“あっち側”だということ。
 それは音楽のジャンルのことじゃない。バンドをしていても野村ヨッっちゃんのザ・グッバイは“あっち側”だったのと同じ(笑)。<いまのヨッっちゃんは“こっち側”

 そしてそんなスタンス上での“こっち側”“あっち側”だけじゃなく、音楽面での“あっち側”を、そろそろ甦らせてもいいんじゃないかと、“歌謡曲黄金期”を復活させてほしいと、僕は切に願っている。
 新しい南沙織を、山口百恵を、石野真子を、松田聖子を僕は聴きたい。

 Kinki Kidsが『硝子の少年』でデビューした時には、正直、思い切りのけぞった。な、何故にこんな古くさいメロディを… しかも作曲は山下達郎とある。。。
 そこで思い当たるのは、作詞家に松本隆を起用し、マッチが歌っても違和感ないような曲をKinkiに歌わせ、“歌謡曲”を復活させようとしていたんじゃないだろうかということ。
 それならそれで、徹底してダサイ曲をリリースし続けて欲しかった… という気がなきにしもあらずんば虎児を得ずで(『全部抱きしめて』はダサかったけど(笑))、どう転んでもヒットできるKinki Kidsなのだから、そんな王道を歩んでもらいたかった。

 そこでいま、期待をかけたいのがSAYAKAだ。
 これだけ聖子とうり二つな声のSAYAKAに、松田聖子ばりの歌謡曲を歌わせたら「芸がない」と非難囂々かもしれないが、それはそこ、開き直って松田聖子の復活とばかりなアイドル路線で勝負して欲しかった。
 誤解のないように云うが、決してそれは誰でもができる安易なことじゃない。SAYAKAのルックスと、声と、才能を見てこその願い。
 いま“歌謡曲”を歌うことは、決して後ろ向きな姿勢ではない。懐古でもない。
 どこを見ても同じ“個性”が流れている日本の音楽界に、“個”を売る姿を復活させてほしいのだ。わかりやすいメロディ、つい口ずさんでしまう歌。。。

 というわけで、『ever since』。the brilliant greenみたいなどこを見ても同じ“個性”と、往年の松田聖子のどっち着かずで、とても中途半端。
 今後に期待。

 


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