Oh Carol Oh! Carol
Sedaka/Greenfield

Neil Sedaka

 

 かつて《S盤アワー》のファンだったという僕の母は、ポール・アンカ、ニール・セダカ、エルビス・プレスリー、グレンミラー楽団等のEPレコードを数枚持っていた。
 けれど貧しかったウチにはレコード・プレーヤーが無く(涙)、それらを聴くには埼玉 の祖母の家まで行かなければならなかった。

 僕の母は5人兄妹の長女で、僕が就学前のその当時、ほかの兄妹はまだ誰も結婚しておらず、揃って祖母の家に居た。正月や盆に遊びに行っても、僕と年の近い従兄弟がいるわけでもなく、オトナの話がつまらない僕は、そこにあったポータブル・プレーヤーでひとりずっとレコードを聴いていた。
 父や母にしてみれば、厭きずにレコードを聴いている子供は好都合で、祖母の家に行く時にはその母のレコードとは別 に、出がけに『ジャイアントロボ』や『キャプテン・ウルトラ』といった、僕が大好きだったテレビ番組のソノシートを買い与えてくれた。それは『巨人の星』『あしたのジョー』、そして『デビルマン』『仮面 ライダー』のあたりまで続いた。

 まんがのソノシートは“おはなし”が付いていて、僕はそれをそらんじることができるくらい聴き倒した。が、音楽としては、垢抜けないテレビまんが主題歌より、ポール・アンカ、ニール・セダカ、エルビス・プレスリー、グレンミラー楽団の方が数倍輝いて耳に届いた。
 中でも僕がくり返しくり返し掛けていたのが、ジーン・ピットニーの『ルイジアナ・ママ』と、デル・シャノンの『悲しき街角』。「ホニロリン♪」の飯田久彦版じゃない(笑)。僕は耳に聞こえた通 りのデタラメな英語で、この2曲をよく口ずさんでいたものだ。
 まだ高校生だった母の妹(僕の叔母)が舟木一夫や美樹克彦のファンで、『高校三年生』等のドーナツ盤もあったが、子供ながらにも肌に合わなかったのか(笑)、殆ど興味を示さなかった。

 時が流れ、中学生になった僕はある日、ラジオから流れる歌に何とも云えぬ懐かしさを覚えた。ニール・セダカの『おゝ!キャロル(Oh! Carol)』(`59)だった。
 『おゝ!キャロル』は元気をくれる。シンプルで底抜けに明るいメロディ、小気味良いバッキングのリズム、“オールディーズ”という言葉がぴったりの雰囲気、、、聴いているだけでハッピーな気持ちになれる。

 が、この底抜けの明るさがイヤになる時がくる(笑)。
 最初はやはりニール・セダカの『カレンダー・ガール』だった。この歌がバカみたいな歌に聴こえてしょうがない。。。 そうしてある日を境に『おゝ!キャロル』のノーテンキなメロディに厭き厭きして、どうしようもなくなった。
 そういう年頃なのか、それだけの歌だったのか…。
 その後、この“キャロル”が、僕の大好きなキャロル・キングのことで、キャロル自身も『おゝ!ニール』というアンサー・ソング(替え歌)を歌っていることを知るも、ただそれだけの話でしかなかった。

 ビートルズ以前と以降で、音楽は変わった。
 それはコンボ・スタイルによる自作自演が主流になったということだけではなく、コードの使い方、ハーモニーの持たせ方、そしてスピリッツ、ファッション、音楽を取り巻く状況すべて、考え方までが変わっていて、ビートルズに夢中になってしまった僕の耳には、ポール・アンカやニール・セダカの歌が、僕にはどうしようもなく古く聴こえた。
 事実、ビートルズ以前のナンバーを好んで多くカバーしているビートルズも、ポール・アンカやニール・セダカをカバーしていない。ゴフィン&キング作品はカバーしているが。
 言い方が極端だが、ビートルズのカバーの選に入らなかった音楽…、それは曲の善し悪しは別 にして、種類の違う音楽に思えてならなかった。

 また気の遠くなるような時が流れ。
 昨日、家で酔っ払ってギターを手にし、歌本をぱらぱらめくりながらゴキゲンで歌っていたら、『おゝ!キャロル』の歌詞とコードが出てきた。

 イントロのファルセットも入れ、ちゃんと歌ってみると、これがすこぶる良い歌だった。懐かしいとか何とか、そういうことじゃなく、楽曲として良い歌だと心から感じた。
 大きな声で歌ってみて、初めて気付く凄さみたいなものもあった。そしてやっぱり元気をもらった。
 脇で遊んでいた娘が手を止め、歌に聴き入っていた。そして「その歌、好き」と云った。
 僕は気を良くして、続けてまた『おゝ!キャロル』を歌った。

 


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