Debussy 亜麻色の髪の乙女
Claude Debussy

Claude Debussy

 

 ドビュッシーは所謂“印象派”を代表する作曲家で、僕の最も敬愛する作曲家である。中学の音楽の授業で、『ベルガマスク組曲』の『月の光』を聴いて覚えている人も多い筈。フランスの紙幣にも彼の肖像画が描かれている。

 『亜麻色の髪の乙女』もベタなくらい有名な曲で、ピアノをある程度練習した人は必ず弾くものだ。
 1910年に作曲された前奏曲集第1巻の第8番にあたるこの作品は、19世紀フランスの象徴派詩人ルコント・ド・リルの詩集に含まれる同名の詩にインスパイアされて書かれたと云われているが、たまたまその詩を目にする機会があったので、どこまでも澄んだこの叙情的名曲『亜麻色の髪の乙女』をあらためてきちんと聴いてみた。

―スコットランドの美女(亜麻色の髪の乙女)―

ムラサキウマゴヤシの花畑で
歌うのは誰? この冷たい朝に。
それは亜麻色の髪の乙女
サクランボ色の唇をした美しき乙女
 夏の日がさし、ひばりとともに
 愛の天使が歌った

神の気配をたたえた君の口もと。
ああ可愛い君、キスしたくなるほど!
長いまつげ、きれいなお下げの乙女よ
花咲く草原で、おしゃべりしないかい?
 夏の日がさし、ひばりとともに
 愛の天使が歌った

ノーと言わないで、つれない君よ!
イエスと言わないで! ああ君の
大きな瞳、薔薇色の唇を
ずっと見つめていたいから。
 夏の日がさし、ひばりとともに
 愛の天使が歌った

さようなら鹿よ、さようなら兎、
そして赤い山ウズラにもさようなら!
君の髪の亜麻色に口づけして
この身に捺したい、その唇の緋色を!
 夏の日がさし、ひばりとともに
 愛の天使が歌った


 本編の主人公は、1)亜麻色の乙女を知り 2)乙女に恋をし 3)告白しようか葛藤し 4)夢想の場から去って行く… 片思いのまま、結局気持ちは伝えられなかったようで(笑)、恋多きドビュッシーが(不倫で悩んだりもしていた)こんな詩に惹かれたのもわからないでもない。
 各連のリフレインは同じでも、各連のシチュエーションの違いでこれだけ違う歌に感じる天使の歌を、ドビュッシーはとても緻密に旋律にしている。
 そして「天使が歌った」と一貫して過去形にし、最後まで満たされることのなかった詩人の想いの不安定さを、とても巧く曲に表現している。

 曲全体をちょっと聴いただけでは、変ホ‐変ト‐変イ‐変ロ‐変ニのペンタトニックから、まん中の変イを除いた逡巡音階と、安定した下降音階の甘く可愛らしいメロディ… といった印象しかない。
 しかし、上の詩と照らし合わせて聴いてみると、4連の変化にあわせて変化していく4つの趣向を見つけることができる。

 「夏の日がさし、ひばりとともに、愛の天使が歌った」の役割を果たしているのは、先に述べた安定した下降音階の部分で、1連に当たるのが4-2のプラガル終止、2連が5-1の正格終止、3連は主調が変ト長調から変ハ長調に転じて正格終止になる箇所、そして最後に変ト長調に戻って偽終止になる部分が4連である。

 そして物語の変化ととも繊細な趣向がこらされている。まず第1が、変ホ長調の解決を突如次の小節変ト長調に導いたり(6、7小節)、変ト長調の7thを主和音に帰さずにそのまま引き伸ばして変ホ長調に解決させている(17小節)ところ。

 第2の趣向は、リフレインの部分で2回目のリフレインは正格終止のドミナントの直前に7度和音が置かれるのに対し、3回目では9度和音が置かれ、同じ色調の終止をとらないようにしている点。これは20世紀のビートルズにも見られる趣向だ。

 もうひとつの趣向は、21、22小節に見られる変ハの長三和音が変ホの短三和音に移行した直後に変イの長和音が置かれている点。これは対斜進行という矛盾の要素で、不協和音になってしまうため和声では禁じ手とされているものだが、ここに第3連の「ノーと言わないで」「イエスと言わないで」の矛盾が表現されている。

 そしてこれだけ想っていながらも告白せずに去ってしまう切なさを、27、28小節で、変イの9thから変ニの長三和音に移し、主調の変ト長調に戻す準備をしておきながら突如変ハ長調に転回してしまうという意表の突き方で表現している。
 こんな意外な偽終止に、他愛なく流れていってしまうようなこの楽曲の、多くの人の胸を打つ要因があるのではないだろうか?

 ラヴェルと違い、ドビュッシーのピアノ曲は自由度が高く、逆に云えばピアニストの力量 が試される怖さがある。
 けれどこの永遠に褪せることのない美しいメロディは、どの時代においても人は誰かに恋するものだから受け入れられる… などと云ったら、単なるひとりよがりか。

 


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