BORN TO RUN BORN TO RUN

BRUCE SPRINGSTEEN

 

 ブルース・スプリングスティーンの最初の印象は、決してクリエイティビティな感じではなかった。新しいことをやっているというより、伝統的な部分を継承していると云った方がぴったりだった。それでも彼の音楽はその宣伝コピー通 り「ロックンロールの未来を見た」にふさわしい、じっとしていられない鼓動を含んでいた。

 事実、ラジオから流れる『明日なき暴走(BORN TO RUN)』('75)を初めて耳にした中学生の僕は、体中に電撃が走った思いがした。

 反抗・反社会の音楽だったロックンロールがビジネスになることに気付いたレコード会社や音楽業界は、ロックを巨大な産業に仕立て上げた。認知されると同時に毒を失くしていったロックに反発して、ブリティッシュのパンク・ムーヴメントなども起きたが、僕にはスプリングスティーンのパフォーマンスこそが失われたロックのビジョンであり、スピリットだった。

 なんてったって、アルバム・ジャケットがいかしていた。シビレた。シビレまくった。これがロックだと思った。
 言葉を叩きつけるように歌う『Thunder Road』、タイトな『BackStreet』、疾走感溢れる『Night』、これでもかこれでもかと言葉を吐き続け、9分以上にも及ぶ大作『Jungleland』、そして「そう、疾走るために僕らは生まれてきた」に今でも鳥肌が立つ表題作『Born To Run』等、失速しはじめた70年代に目を醒まさせるようなビートに、僕は虜になった。フェンダーのテレキャスターも買った(爆)。

 デビュー・アルバム『アズベリー・パークからの挨拶(Greetings FromAsbury Park,N.J.)』('73)から、『青春の叫び(The Wild, The Innocent & The E Street Shuffle)』('73)『闇に吠える街(Darkness On The Edge Of Town)』('78)『The River』('80)と、僕はむさぼりつくように彼の音楽を聴きまくった。特に『The River』は大好きで大好きで、すぐにへこたれてしまう僕の心のささえですらあった。

 しかし80年代に入ってスプリングスティーンは、それまでのイメージとは正反対の予期せぬ レッテルを貼られ、それが浸透してしまうことになる。『BORN IN THE USA』('84)の大ヒットだ。
 この歌はアメリカ賛美の歌ではないし、アルバムもそうした性質のものではない。しかしスプリングスティーンは“星条旗を振り回すマッチョなヒーロー”のイメージが定着し、“レーガンの片棒担ぎ”とまで云われてしまう。

 「こんなしょーがない国だけど、それでも俺はこの国で生まれたんだ!」というメッセージはニュアンスを変え、「俺はアメリカで生まれた! だから祖国のために闘うぜ!」として独り歩き。良く知らない日本のファンにも、彼をランボーやトム・クルーズと同種のとらえ方をしてる人が少なくない。

 ただ僕自身、そんな誤解とは別に、余分な肉をつけていったかつてのヒーローに熱を失っていったことも否定できない。馬鹿げたバブルに日本中が湧いたその時期、彼の音楽が暑苦しく聴こえたことも確かだ。

 しかし時代はまためまぐるしく変わり、安穏とした虚飾を剥がした自分が本当はどれだけ貧しく、そしてあの頃と少しも変わっていない… 変わっていないのに年齢だけ重ねてしまった焦燥に追いまくられている自分に気付いた時、いま一度原点に立ち返って、またもう少し尖んがってみようかと、また『Born To Run』に心震わせてみようと。

 そして『Born To Run』を聴き、僕は音楽が好きで、ロックンロールが好きで本当に良かったと、今さらながらに感じている2002年の年頭です。

 


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