aal this time all this time

STING

 

 私ゃ「自分さえ良ければそれでいい」という人間なので、誰かのために何かをする…ということとホント遠い処に位 置している。申し訳ない。
 勿論、愛する人のためとか家族のためとか、粉骨砕身頑張ったりすることはあるんだけれど、それは突き詰めれば自分のため。愛していない赤の他人のために、心の底から労を取ることはない。あったとしてもどこかうわべだけ(笑)。笑い事じゃないんだよ!

 スティングが地球のために躰を張るなんてことも、正直こんなどーしょーもない僕の心には響かない。いつ頃からだっけ? 80年代の後半あたりからかな… スティングはあっちへ行っちゃった。
 自然環境保護の運動に参加したり、様々なチャリティー活動をしたり。そういうアーティストは米・英では珍しくないけど、スティングくらい徹底してる人も少ない。

「環境が破壊されるのを見るのがイヤなんだ。自然の中を歩けるという特権は、僕たちだけではなく、子供や孫たちにも与えられた権利で、未来永劫、残さなければならない遺産なんだ。僕の子供たちは 川が流れ、素晴らしい木々や花に囲まれた、美しい庭で育ってきた。子供たちにはそういった環境をいつくしみ、彼らの子供たちにもそういった環境を楽しめるように大切に保護して欲しいと願っているんだ。単純な願いだけど、大切な願いだと思っている。僕たちは子供たちに本物の美や価値観を残してあげなければならないと思うんだ」

 スティングの発言に異論はない。
 でも、僕はそんな彼のアクティブを遠くでお祈りするしかない。

 冒頭で「自分さえ良ければそれでいい」なんて云ったが、そうしかできないというところが真実。自分の生活で手一杯。自分目の前にある事象について思い悩むことだけで精一杯。家族をきちんと守れているかすらあやしいのに、子孫のことにまで想いを巡らせられないというのが本音。

 そういうことは、人生のサクセスをつかんで、まだまだ余裕のある人がやることだと思っている。皮肉じゃなくて。「日頃の行いが人生のサクセスに導くのです」と宗教的な説教をされる方があるかもしれないが。
 そりゃあ、自分でもできる小さなことは実行してます。油を流さないとか、洗剤の量 を減らすとか、無駄な紙を使わないとか、エンジンのアイドリングを控えるとか。

 一時期、割り箸を使うのはやめようと云って、自分の箸を持ち歩くというのが一部のアーティストの間で流行っていたけど、その人たちはいまでも箸を持ち歩いているんだろうか? その傍らで、煙草の投げ捨てなんかしてないだろうか?

 恋焦がれるくらいに好きだったスティングと、距離を置くようになってしまったのはそうした考えと無縁じゃないかもしれない。一時期キリスト教に走ったディランを聴かなくなってしまったように。

 昨年のアルバム『BRAND NEW DAY』も、
 「まずは自分の頭から。自分の回りの環境をどうすれば良く出来るか、自分の人生について考え直すところから始める。みんな自分から始めなければならないと思う。自らの行ないで他の人たちにインスピレ−ションを与える事や論理的に説得することも出来るかもしれないけど、自分の考えや思想を人に強制する事は出来ないんだ。みんながその人なりの行動を行なうべきで、人に指図するのは違うと思う。ただ、誰もが考え直す機会は与えられていると思うよ」
 と、云ってることはわからないではない。でも…

 そんな折、つい先だってライヴ・アルバム『All this Time』がリリースされた。
 元々は「ベスト選曲のレパートリーを新しい解釈で演奏したい」というスティングの希望から企画されたライヴで、イタリアのトスカーニに有るスティングの別 荘にファン約200名を招待したライヴ収録、及び前日に行われたユニヴァーサルのエグゼクティブを招いたライブ収録の何れか、もしくは両ライブを編集したものになる筈だった…。

 ところがライヴ当日の2001年9月11日、直前に“同時多発テロ”が起きてしまった。

 演奏は大きく変わった。
 普段はアンコール・ナンバーの『Fragile』をあえてオープニングに持ってきて、追悼演奏会のような雰囲気の中、世界中にスティング的なメッセージが発せられた。
 ポリス時代のレパートリーを含む、まさしくオール・タイム・ベスト的な選曲に、スティングの祈りがこめられた。

 この“祈り”がこめられた鬼気迫る演奏は圧巻で、音楽に人の気持ちを変えるパワーがまだあることをひしひしと感じさせてくれる。
 鳥肌が立った。

 


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