浜口庫之介 愛して愛して愛しちゃったのよ

浜口庫之介

 

 どうして人は恋をするんだろう。

 どうして人は誰かを好きになると、そのひとを見つめないではいられなくなるんだろう。どうしてすべての想いがそこにいってしまうんだろう。どうしてそのひとのことを考えると胸が苦しくなるんだろう。どうして嬉しくなったり悲しくなったりするんだろう。どうして恋の歌を聴きたくなるんだろう…。

 風呂でよく口ずさむ歌がある(笑)。
 僕のオハコは『愛のさざなみ』『みんな夢の中』『夜霧よ今夜も有難う』。考えてみると全てハマクラ(浜口庫之介)作品だ。
 待てよ… ほかに風呂でよく歌うのは、、、『涙くんさよなら』に『恍惚のブルース』に『愛して愛して愛しちゃったのよ』… って、全部ハマクラじゃん!

 ハマクラ作品のほとんどは“恋の歌”だ。そしてこのハマクラさんの作った“恋の歌”は、恋している時に聴くと、とてつもない実感として伝わってくる。
 ハマクラさんの作詞・作曲の原動力は、“恋する気持ち”だったんじゃないだろうか。確かにすけべえそうな顔もしている(爆)。
愛してる とても
愛してる 本当に
愛してる いつまでも
空に太陽があるかぎり
 何でもない時に聴くと、バカみたいで暑苦しいことこの上ない『空に太陽があるかぎり』も、誰かが胸にいる時に聴くと「うんうん、愛してるよ〜」ってな気分になるから不思議だ。
 きっと「愛してる」を連呼したいような浮わっついた気持ちの時に、この歌は書かれたんだろう。でなけりゃ、こんな歌はできない。そう、人は恋をするとバカみたいになるものだ(『恋の山手線』も違った意味でバカみたいな佳曲(笑))。

 そうしてハマクラ・ソングには、ふざけているようでグッと人の気持ちを掴む歌が多い。『僕は泣いちっち』なんて好例。

 同様に「愛しちゃったのよ、ララランラン♪」だって、平常心で書けるもンじゃない。「生きているのが、つらくなるよな長い夜♪」「もしもあなたがいなくなったらどうしよう♪」ストレートすぎるだけに、恋をしている時にはズシっと響く。そう、恋する気持ちとは、本来ストレートなものだ。
この世に神様が 本当にいるなら
あなたに抱かれて 私は死にたい
〜『愛のさざなみ』

恋は短い夢のようなものだけど
女心は夢を見るのが好きなの
〜『みんな夢の中』
 両歌ともメロドラマのような展開を見せる構成だけれど、琴線に触れるメロディが、ほんとうに、ほんとうに切ない名曲に仕上げている。
 僕なぞが云うまでもなく、作詞家として、メロディー・メーカーとして、浜口庫之介は天才だとつくづく思う。

 どうして人は恋をするんだろう。
 その問いかけがいつも歌の中にある。

 ハマクラ・ソングは勿論、恋の歌ばかりじゃない。『人生いろいろ』や『風が泣いている』なんてのもある。そして『えんぴつが一本』。
 子供の頃よく口ずさんだこの歌、ただの郷愁を誘う歌じゃなかった。
 『えんぴつが一本』はね、ある新聞記者のことを歌った歌なんだって。戦地へ取材に行ったジャーナリストの、とある記事がボツになって。汲める事情はあっても、それでその記者はとってもやるせない想いでへこんでて。そこにハマクラさんがこの歌を贈った。
鉛筆が一本 僕のポケットに
鉛筆が一本 僕のこころに
青い空を かくときも
真赤な夕焼 かくときも
黒い頭のとんがった鉛筆が一本だけ
 そう知って聴くと、全然違う歌に聴こえてくるでしょ。

 繰り返すけど、天才だよ。浜口庫之介は。
 ただのすけべえオヤジじゃない。ただのすけべえオヤジじゃ、『黄色いさくらんぼ』なんて書けない(爆) <ホントに尊敬してます。

 


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