UNITED COVER 70年代大御所たちの現在

井上陽水、吉田拓郎、竹内まりや、浜田省吾

 

 週刊文春連載の近田春夫の『考えるヒット』を愉しみに読んでるんだけど、週刊誌コラムの宿命というか、翌週になるともう前の内容は忘れてしまっている(オレだけか?(笑))。で、同連載の単行本化されたものを通 り越して、そのまた文庫化されたものを僕は読んでる。
 先日その『考えるヒット2』の文庫が出たので早速購入したんだけど、連載→単行本→文庫の過程で、内容がいささか古くなっている。これが小説ならほぼ問題はないのだが、旬のヒット曲を評している性質上、2001年に1998年の記事はかなり色褪せてしまう。
 色褪せているんだけど、中に著者が「将来きっとこうなるよ」なんて云ってた事が今日実際になっていたりすると、もうこれは“予言の書”みたいな後光まで備えて、僕なんぞは近田先生の前に平伏してしまう(大袈裟な(笑))。

 中でも驚いたのは、98年の3月に書かれた、井上陽水に対するくだり。
さっきから井上陽水『TEENAGER』を何度も聴いてるんだけど、どうもピンと来ないっすなァ。(中略)断言するけど、このヒト、歌を作るに関しては、もうどうでもいいってとこに来てる。(中略)またゼロからロケット打ち上げをやるのも、現実的には少々キツイ。だとしたら、しばらくは、シンガー一本槍で行くってのはどうですか。イヤ、CD聴いて、閃いたんだ。もう全てのエネルギーを歌うってことに注いだら、何かとてつもないことになるんじゃないかって。(中略)過去に陽水が人の曲ばっか歌ったアルバム作ったかどうか、そんなことはどうでもよろしい…
 ということで、この企画が見事的中した陽水の『UNITED COVER』。セールス的にはご存知の通 り大成功。でも、どうなんでしょ?(笑)
 熱心な陽水ファンになると、『心もよう』がキライだって人が多い。確かにあの歌はヒットしたけど、歌謡曲好きの日本人の嗜好にビビッとくる短調演歌の延長線上みたいなあの歌が、僕は虫酸が走るくらいキライだ。
 『UNITED COVER』の選曲は、もろにその『心もよう』路線だよね。それが陽水本人の根っこの好みなのか、大ヒットを狙ってわざとチョイスしたのかは知らないけれど、ラインナップが全く以て僕の好みではない。唯一「お!」と思った『東京ドドンパ娘』も、エコーのかけすぎで、音質の厚みすら40年前の渡辺マリのバージョンに負けている。薄っぺら。
 肝心のボーカルも、本人は大変ご満悦のご様子で歌ってるけど、クセのある歌い方が聴いてる側は癖にならずに、ハナについてしまう。1曲2曲ならいいけど、アルバムを全部通 して聴くのはゲップが出る。CMで10秒なり15秒流れる分には、逆にインパクトもあって充分魅き付けてくれるんだけどね〜(まあ、とてつもないことにはなってる(笑))。

 陽水だけでなく、このところ70年代に出てきた現在は大御所と呼ばれるアーティストのNEWアルバムが続いているんだけど、まとめて感想を。ちょっと辛口になっちゃうかもしれないけど。みんな好きなアーティストなんで許して。

こんにちわ 吉田拓郎のインペリアル・レコード移籍第一弾アルバム『こんにちわ』。
 契約もあって、何かしら出さなければならなかったのかもしれないけど、ちょっと酷すぎる。新曲は全てツマラナイし、はっきり云って駄 作。曲数が間に合わない分はセルフ・カバーと、『いつでも夢を』のカバーという体たらく。おまけにこの『いつでも夢を』、同時期に出た陽水のカバー・アルバムと並べてしまうと、その手抜き加減がありありと見えてしまう。
 拓郎は、決して枯れてしまったわけじゃないと思う。フォーライフのラスト・シングル『心の破片』なんて、何十年に1曲という名曲だよね。あれを連発するのは無理としても(でも『元気です』の頃は、そのくらいの力はあった)、そうした水準をクリアした曲がストックできるまで、アルバムなんて出さなくたっていいんじゃないかと思っちゃう。僕は拓郎が大好きだから、待てるし。

Bon Appetit! 竹内まりやの『Bon Appetit!』。
 水準は達してるけど、それ以上のアルバムじゃない。何よりも、新しさがまるで感じられない。ブランクを感じさせないじゃなくて、ブランク以前と変わっていない。成長していない。落ち着きと凄みだけは備わっているけど、ミュージシャンたるもの落ち着いてどうする。このアプローチじゃ主婦の片手間と云われても仕方ない。『戻っておいで私の時間』を初めて聴いた時の、ドキドキした感じは微塵もない。
 『毎日がスペシャル』なんて、やめてくれ〜って感じだよね。ダサダサ。おばさんだからおばさん向けに作ったなんてことじゃないでしょ?(笑)。
 竹内まりやはその昔『駅』を書いて以降、ちょっとクサイ方に向いちゃってるよね。ツボだけでヒットを出したってしょうがないし、主婦の趣味と割り切るのなら、ヒットなんか考えないで、もっと冒険した面 白い良いものを書いて欲しい。同世代のコシミハルをご覧って(才能溢れて、スゴイよ)。

 そういう意味で、終わってしまったのが桑田佳祐。
 もう行き止まりにぶちあたって、どうにもならない状態なんだろうね、今。
 『TSUNAMI』も『波乗りジョニー』も、桑田佳祐の手駒の中だけで昇華しちゃってる。まるでもう曲の作り方を忘れてしまったかのよう。
 初期のサザンのアルバムは、曲も演奏も今と比べれば稚拙かもしれないけど、「やりやがったな、こいつ!」みたいな悔しさ満杯で、とっても瑞々しい。『TSUNAMI』や『波乗りジョニー』を聴いたって、若いアーティストたちは「桑田さんにはかなわない」なんて誰も思わないだろう。
 桑田佳祐は、気の利いた洋楽のエッセンスをうまく自分の中に採り入れて曲を作っていくタイプだから、その手本となる洋楽自体が行き詰まっている現況、インスピレーションも湧かないのかもしれない。たまに流行に挑戦するかのようなこともやってるけど、おじさんが無理してるだけにしか見えない。
 もう全てを白紙に戻して、自分にとって良い歌を作ることだけに専念したらどうかな。

SAVE OUR SHIP 浜田省吾『SAVE OUR SHIP』。
 “十年一日”とはまさにこの人のこと。詞も曲も歌も、“いま”を歌っているようで本当の意味での“いま”が無い。新しいアルバムを出す必要なんてあるのかな?

 松任谷由実『acacia』。
 ごめんなさい。聴いていません。
 ただ、ラジオから流れてきた曲を聴く限り、ちょっと声にツライものがある。老けちゃった。でも頑張って。

 って、な〜んかけなしてばかりみたいで、手放しで何でもOKのファンの人は気分を害したかもしれないけど(利害や顔色を気にせず好き勝手書けるところが、個人サイトのいいとこだからね)、新進のアーティストたちはいまスゴイからね〜。昔からは想像できないくらい柔軟なセンスと表現力を持っている。そんなコたちと比べて見劣りしてはイケナイし、自分の過去の姿と比べて見劣りしてもいけないと思うんだ、アーティストとしては。ましてや、タイアップや宣伝の力でセールスが伸びてることで、作品の質を勘違いしてもいけないと思う。
 それに、彼らの過去の歌を聴いても少しも古さを感じないのに、新しいアルバムは時代遅れな感じがするのは、どういうことよ?とがっかりしてしまう。
 才能があっても、名前がないというだけでCDすらリリースできないアーティストもいるんだから。


(※引用:『考えるヒット2』近田春夫・著 /文春文庫)

 


+--prev---index---next--+

 

Copyright2001 Nyanchoo

DO,DE,DA