1 1/2 恋がひとつ
伊藤蘭 作詞・作曲

キャンディーズ

 

 引越しの荷造りをしていると、記憶のない段ボール箱に出交す。恐らくはここに越して来たときからそのまま荷解きもされず、ずっと押入の奥で息を潜めていただけの箱で、忘れていても生活には全く支障を来さなかった存在なのだから、捨ててしまっても一向に差し支えない物なのだろうけれど、それなりに前回の引越しのときは思うところがあって残しておいたはずのものが、時間の経過と共に本人の価値観も変わってしまい、出てきた代物のくだらなさに唖然とすることがある。
 一箱めは女房の目には触れさせたくない中身で慌てた。で、次の箱は慎重にかつ、さりげなさを装うために、
 「♪お引越し〜のお祝い返しも済まないうちィに〜」
 などと鼻歌を唄いながら開けると、なんたる因縁か、キャンディーズの雑誌からの切り抜きがごっそり出てきた。

 「Fはランちゃんが好きなんだって?」
 「それが?」
 「いや、俺もランちゃんのファンだからサ」
 「……俺のほうがもっと好きだもん」
 僕のキャンディーズ狂は、うちの高校ではわりと知られていた。カバンのステッカーから、下敷き、上履き、あげくは体育祭のときの鉢巻にまでランちゃんの名前が入っていれば無理もない。おまけに性格の悪いことに、自分以外の人間がランちゃんのファンであるということが許せないくらいファンだった。
 そんなわけでかくなる会話が起きるのだが、僕の目はその向こうにいる佳子を追っていた。
 このところ佳子とはよく目が合う。いまも一瞬のことだが確かに二人の視線が合い、胸にかすかな電撃が走った。佳子はなんでもないふうを装い隣の席のブスと話をしているが、その仕種は明らかに僕を意識している。僕は入学式の日から佳子に目をつけていたのだけれど、このぶんならなんとか勝ち目はありそうだ。
 恋に浮かれていると、こんなにも登校が愉しみになる。英語の予習をしていなくても、少しも憂鬱にならない。足が五センチくらい床から浮いた状態で教室に入ると、僕の机の中に見覚えのない大判の封筒が入っている。「何これ」と中を確かめると、そこにはキャンディーズの雑誌からの切り抜きが束になって入っていた。
 僕にはすぐ真相が呑み込めた。佳子だ。佳子が、僕がキャンディーズの熱烈なファンであることから、いじらしくもせっせと切り抜きを収集め、そっと忍ばせておいてくれたに違いない。
 それからも切り抜きの贈物は続いた。週に一、二回は必ず机の中に挿入れられていた。相変わらず佳子との視線のやり取りも続いている。僕は佳子の気持ちを確信した。  その放課後、僕は偶然をセッティングし、教室で二人きりになる機会を得た。佳子は前から僕の行為に気づいていたと言った。続けて、現在交際している彼氏がいることも告白した。
 「え !?」

 意外な失恋に、学校にたどり着くのがやっとの状態になった数日後、意外な話がやってきた。クラスの女の子が、結花が僕と交際したいって言うんだけど、どうかと言うのだ。そんなこと考えたこともないからと素っ気なく答えると、
 「結花はいつもFクンのために、キャンディーズの切り抜きをしてたんだヨ。そんな言い方、可哀相だよ」!? !? !!
 いい友達に酔いしれてるその子の言葉に、僕の腰はヘナヘナになりそうだった。
 「Fクンだっていつも結花のこと気にしてるみたいだって……いつも目が合うって」

 それからも切り抜きの差入れは続いたが、キャンディーズは後楽園の紙吹雪の中に消え、その後、差入れも途絶えた。
 しばらくして、結花がバスケ部の先輩と帰る姿を見掛けるようになり、僕は一学年下の女の子と交際を始め、どことなく似ている薬師丸ひろ子のファンになった。

 十八年ぶりにキャンディーズのレコードに針を落とした。ランちゃんの作った「恋がひとつ」。高校生みたいに胸がキュンとした。
 針が飛んだ。かけ直すと、同じところでまた飛んだ。
 「CDでまた買うかな」
 ひとりごとを言っていると女房が、
 「引越しの準備で忙しいのに、何、呑気なことやってるの !!」

 


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