山崎まさよし One more time One more Chance
山崎将義 作詞・作曲

山崎まさよし

 

 同い年でも、浪人した僕より1年早く彼女は社会に出た。

 毎日ぷらぷらしていた僕に、社会人のルールなんて知る由もなく、残業で約束した時間に遅れたり、急に会えなくなった彼女に不平ばかりを云っていた。
 携帯電話などという便利なモノも無かった時代、いつも待ち合わせをしていた新玉 川線渋谷駅の地下掲示板に「5時に仕事終わるんじゃないのかよ!」「もう会わない」なんて書いて、帰ってしまったことも幾度かあった。

 ある休みの日のデート。いつものように僕はすっからかんで、それでも女の子にお金を出させるのは性分ではなかったので、待ち合わせた横浜駅から、関内まで歩いて時間を潰そうということになった(と云うか、無理矢理僕が提案した)。
 東横線の線路下を僕らは、目的もなくぶらぶら歩いた。
 桜木町はまだ「横浜博」も開催される前で、埃っぽい野っ原をダンプカーが我が者顔で飛ばしていた。
 就職したばかりの彼女は疲れていただろうに、それでも文句を云わずに歩いていた。
 その頃僕は会えないことにも、自分にも苛々していて、彼女と喧嘩ばかりしていた。その日も僕は何が気に入らなかったのか、ひとりでぶんむくれて、すたすたと先に歩いて行ってしまった。

 ふと振り返ったら、彼女はいなかった。

 次の瞬間、東横線のガード下の柱の陰から、ひょっこり彼女は顔を見せた。
 それから二人並んで山下公園まで歩き(5km位あると思う)、アメリカンドックを彼女に奢ってもらった。

 翌年僕もめでたく卒業・就職したのだが、二人が会える時間はますますなくなり、それが嫌で結婚をした。が、程なく別 れた。

 山崎まさよしのライヴをBSで観た。
 『One more time One more Chance』という歌を聴くと、“桜木町”という具体的な地名が出てくるせいか(それだけじゃなく良い歌ですね)、あの日のデートが思い出されて、少し胸がしめつけられる。

 根岸線で通勤していた僕は、車窓から桜木町が変わっていく姿をずっと見ていた。
 ドッグヤードがなくなり、横浜博が開かれ、その跡地にランドマークタワーが建つことになり、タワーが空に向かって徐々に伸びていく姿を毎日見ていた。埃っぽい野っ原につけた筈の僕らの足跡が消されていくのを見ていた。
 いまそのあたりはMM21と呼ばれ、たくさんのカップルが思い出をつくっている。

いつでも探しているよ どっかに君の姿を
明け方の街 桜木町で こんなところに来るはずもないのに
願いがもし叶うなら いますぐ君のもとへ
できないことはもう何もない
すべて賭けて抱きしめてみせるよ

 


+--prev---index---next--+

 

Copyright2001 Nyanchoo

DO,DE,DA