君をのせて 君をのせて
作詞:岩谷時子 作曲:宮川泰

沢田研二

 

 彼女は僕が出会った頃の明るさからは想像できないくらい、憂鬱な小・中学生時代を過ごしたという。ずっと後に打ち明けられた話だ。
 姉は美人で頭脳明晰・学業優秀、地元では知られたアイドルのような存在で、そんな身内を鼻高に思いながらも、反面 とてつもないコンプレックスに苛まれていたらしい。

 彼女の楽しみは小説を読むことと、ラジオを聴くこと。自分の部屋に身を置いている時間が、唯一彼女の幸福だった。
 学校へ行かないで済む日曜日、出掛ける予定もない彼女は、ニッポン放送でロイ・ジェームスがDJを務めていた「不二家・歌謡ベストテン」を毎週楽しみに聴いていた。
 自然と歌謡曲に詳しくなっていった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ◇

 その晩も僕はしたたかに酔っぱらっていた。大学のゼミのコンパで、学校の近くの店にいた。
 何分女子学生の少ない経済学部、我がゼミはオトコしか在籍していなかった。教授のつまらない駄 洒落にも辟易し、僕は女の子4人で遊びに来ていたテーブルに目を付け、グラスを持って移動した(笑)。その中に、彼女はいた。大きな声でけらけら笑う可愛い子だった。

 何の話をしたかは憶えていない。
 ただ後々、彼女は僕の話をよく憶えていた。音楽の話で盛り上がったそうだ。当時流行っていた洋楽の話をしながら、日本の歌謡曲にも捨てがたいものがある… というような蘊蓄を並べていたとのこと。きっと、筒美京平の話題でもぶっていたのだろう(笑)。
 その中で、話は沢田研二に及んだ。

 僕らが高校生の頃、それはもうジュリーの全盛期だった。『勝手にしやがれ』を皮切りに、『サムライ』『ダーリング』『カサブランカ・ダンディ』『TOKIO』…と、破竹の勢いでヒットを飛ばしていた。

 「でも、オレが好きなのはねぇ〜、その前の『あなたへの愛』とか『胸いっぱいの悲しみ』のあたりなんだ」

 その一言が彼女の琴線に触れた(らしい)。
 それらは彼女が過去、暗い毎日から逃れられる唯一の時間、ロイ・ジェームスのラジオから流れていた曲だった。同じ時に同じ歌を好きでいた人がいた… そんなことがとても嬉しかったという。
 そんな事情など知る由もなく、僕は喋り続ける。

 「この間TVでさ、沢田研二が東京湾の船の上で、田中裕子を前に『君をのせて』って歌をギターで弾き語りしたんだよ。あれ良かったなぁ〜」

 タイガース解散後、PIGを経た沢田研二の初のソロ・シングル『君をのせて』はヒットには至らなかった。けれど僕はこの歌が大好きで、あんなふうに好きな人のためにこの歌を唄えるのは、なんて素敵なことなんだろう… 番組を観て、純粋にそう感じていた。

 「君をのせて、夜の海を渡る舟になろう… って歌ですよね?」
 彼女の笑顔が僕の心を射止めた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ◇

 それから僕らは交際を始め、推理小説や音楽、少女漫画の話を厭きもせず続け、6年して別 れた。

 別れてしまった女性を思い出すとき、僕はいつも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 僕は滅多に喧嘩をしない。それは温厚な性格だからというわけではなく、やたらめたら日常に波風を立てることが好ましく思えないので、立てた腹をおさめてしまうとか、そんなふうで、でも思い返してみるとそれができずに怒りっぽかった時期というのもあって… 彼女といた頃がまさにそんな時期だった。
 彼女の良いところも厭なところも同じように目について、何かとつっかかってしまい、そのまま敢えなく終わってしまった。
 別れるのは仕方のないことだったとしても、彼女に対して自分がしたり云ったりしたことを思い出すと、自分という人間がとても恥ずかしくなり、どうしてもっと…、どうしてもっと…と、思いやりのなさや罪深さに、懺悔の気持ちが沸き起こる。

君をのせて夜の海を
わたる舟になろう…

 どうしてもっと…
 それはすべて絵空事だったのか。

 


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