Mark Bolan Ballrooms Of Mars
Marc Bolan

T-Rex

 

 30歳を迎える2週間前、マーク・ボランは交通事故で死んでしまった。

 でも生前のインタビューでマークは、
 「僕は30歳の誕生日を迎える前に死ぬと思いますよ」なんて云ったり、
 「僕が死ぬ時は、魔女に導かれ、体がコナゴナになって死ぬんだ」などと云ったりもしてるんだよ 。

 僕は彼が予言者だったのではなく、ある約束の許、そのことを知っていたんじゃないかと思うことがある。

 マークは、魔法使いに会っている。
 「パリに渡った時、そこで偶然にも僕は魔法使いに出会ったんだ。5カ月間、その魔法使いと一緒に暮らした」と、彼は語っている。
 彼のこの発言は、マーク・ボランの神秘性を高めるための宣伝文句だったとか、彼の虚言癖が作り出したエピソードとして片付けられているけど、Tレックスの音楽を聴いていると、あながちそれもあったんじゃないかという思いに囚われることがある。
 マークは成功の約束として、魔法使いと何かしらの契りをした…

 Tレックスのレコードを初めて買った高校2年の夏、僕はまったくTレックスを知らなかった。
 知らないで店のレコード棚から『スライダー(THE SLIDER)』を引っぱり出し、限りある少ないお小遣いの中から、まるで呼ばれたかのように聴いたこともないそのレコードを買ってしまったのだ。
 リンゴ・スター撮影による例のジャケット写真に魅かれた??? ってこともあるかもしれないけど、なけなしの小遣いをはたく理由としては、ちと弱い。
 これは、魔法に掛けられたとしか思えない(爆)。

 でも家に帰って、レコードに針を落とした途端、本当に魔法に掛かったように、僕はTレックスにのめり込んでしまった。

 不思議な音楽。
 ブギというか、シャッフルというか、ひずんだレスポールの音を、流麗なストリングスが支えている…。そしてまた、ボーカルの声がヘン(笑)。
 その不自然さにロックを見るというより、そのサウンドが僕には何故か心地よく響いていた。

 グラム・ロックの先陣だったマークは、当時アイドルとしての人気が高かった。
 そんな状況も相まって、ビートルズを凌ぐセールスを記録しながらも、音楽自体は正当な評価は受けていなかった。いや、現在も、音楽的な評価は芳しくないのかもしれない。
 確かに、簡潔(簡単?(笑))なコード進行、妙に歪んだ重厚さのないサウンド、エリック・クラプトンに教えを乞うたとはとても思えないリード・ギター…  面で捉えようとすると、目を見張るものは見出せないかもしれない。

 でも、Tレックスはいい。
 ギター・リフは中学生でもすぐコピーできてしまうかもしれなくても、そんな簡単なリフが、とてつもなく恰好よかったりする。難しいフレーズを綺麗に弾けたって、胸に響かないものは響かない。巧い・下手じゃ語れないものがそこにはある。
 プロデューサーであるトニー・ビスコンティの編曲や音作りも、見事にマーク・ボランの曲を引き立てている。

 マーク・ボランのもうひとつの魅力は、その詞の世界だ。
 ボブ・ディランやジョン・レノンを彷彿とさせる(実際、好きだったのだろう)世界は、マークの中でまた不思議な色合いで昇華されている。

 僕は『Ballrooms Of Mars』を聴いていると、不思議な錯覚に陥る。どんな錯覚なのかは、恥ずかしくて書けないが(笑)、その錯覚が気持ちよくて、繰り返し繰り返しこの歌を聴いてしまう。

きみは昼のことばかり喋り
僕は夜のことを喋っている
怪物たちが男たちの名前を
大声で呼び上げる時
ボブ・ディランは判っている
アラン・フリードだってきっと知っていた
見ない方がいいことが
夜にはいろいろとあるんだ

 そうして僕はずっと、マーク・ボランの魔法がとけないでいる。
 厭きない。

きみはダイヤモンドの眉の魔法使いのお婆さん
きみは痩せこけてみすぼらしい悪漢
ジョン・レノンはきみの名前を知っている
僕だって彼のは判っているよ

 後にTレックスを意識した人達がTレックスの曲を演奏したり、またTレックスのような曲を作っても、誰もあのへんてこさに至れないのは、マークの魔法を持ち合わせていないからではないだろうか?

(文中・訳詩:中川五郎『マーク・ボラン詩集』より)

 

 


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